その日、夕食のデザートに出たのは紅く綺麗なさくらんぼだった。
『宝石』とさえ称されるそれは、日本の山形県から届いた物だった。
「今日のデザートは陛下からいただいたの」
ニコニコしながらそう言うチェギョンは、先ほどからプチンプチンと唇で実を食んで行く。
艶やかな実が艶やかな唇にくわえられる様は、本人の意識しない所でシンの欲を刺激する。
シンは無意識に唾液を飲み込んでいた。
「陛下から?」
シンは何事もないかのようにさくらんぼを一つ摘むと、チェギョンの真似をして口にした。
一度噛んだだけで程好い酸味とすっきりとした甘味が口内に広がる。
肉厚な果肉を丁寧に歯で剥けば、新たな果汁が口中に溢れた。
「陛下が各国を回られていた時に、アフリカで知り合った日本の方のご実家が作られているんですって」
チェギョンの前にあったデザートグラスはあっという間に空になった。
シンは「へ~」と頷きながら、然り気無くチェギョンのグラスと自分のグラスを交換した。
「…シン君、食べないの?」
美味しいのにと言外に滲ませた言葉に、シンは口角を上げる。
「チェギョン、まだ食べたいんじゃないのか?」
「そうなんだけどぉ…」
チェギョンは否定もせず、豊かな光沢のさくらんぼとシンの顔を数度見比べると、ニコッと笑って言った。
「えへへ、シン君ありがとう」
その言葉にシンの顔も綻んだ。
「どういたしまして」
チェギョンは躊躇う事なく一つ摘むと、同じように口に運ぶ。
笑顔で食べるチェギョンにつられるようにシンの笑顔も深くなるのだった。
そして、もう一つとさくらんぼに手を伸ばしたチェギョンは「あ」と小さく声を上げると、おもむろに椅子から立ち上がったのだった。
「お行儀悪いけど許してね」
そう言いながらパタパタとテーブルを回り込むチェギョンをシンは何事かと目で追った。
すると、彼女はシンの隣の椅子をシンと足が触れあうほどの距離に近付けてから、グラスを引き寄せて腰掛けた。
首を傾げるシンに構う事なくチェギョンはさくらんぼを摘むと、シンの顔の高さまで掲げたのだった。
「シン君、あ~ん」
満面の笑みでそう言うチェギョンに、シンは目を瞬かせる。
少しの沈黙の後、チェギョンが言った。
「美味しい物は二人で食べた方がより美味しいもの」
食べさせてもらうなんて、儀式の時以外、ついぞ記憶に無いシンは、ゆっくりとさくらんぼに顔を近付けた。
慣れないシンには、食べやすい場所にチェギョンの手を移動させるなんて考えつかず、顔を少し横に倒した様に、チェギョンは少し頬を赤らめるのだった。
「美味しい?」
上目遣いで訪ねるチェギョンに、シンは頷いて答える。
チェギョンは「良かった」と呟くと、今度は自分でさくらんぼを頬張ったのだった。