斜めに

社会を斜めに見ると裏が見える?

まただ!無差別殺傷・・・弱者を誰が守る?!

2019-05-28 12:49:28 | 社会
川崎市で、多くの小学女児と一般成人などが、狂人?に殺傷。言いようのない怒りを感じる。

トランプ氏の警護に2万何千人という警察官だ動員され、多分人員の経費も含めれば膨大なものだろう。
聞けばバズーカ砲でも壊れない車に乗っているのに。強者はこうして守られる。

幼児や児童や老人は、また健康な一般人ですら、いつ顕れるかも知れない暴漢におびえなければならない。

こうは言いたくないが、今回一般人の日常にトランプ来日が影響されていなかったろうか。

昼のNHKニュースを見ていて、最新鋭自衛艦上でのトランプ氏と一緒に写る安倍夫妻の笑顔が、喜べなかった。

丸山穂高氏、敵前逃亡!

2019-05-24 16:00:57 | 社会
仮病と言われても弁解の余地なし。
急に、「適応障害」だと。診断書を書く医師も顔を見たいものだ。
私だったら「敵前逃亡」症と診立てたい。

このような人間、「戦争」を口にするのも「男の風上」にもおけない。

選挙した人よ、忘れるでない。こんな男を2度と国会議員とのさばらせないで欲しい。

それにしても医師の診断書とは何だ。高い料金を取るだけの、特権をかざして。

安倍首相「天皇、皇后両陛下には末永くお健やかを願っていません」・・・報道なし

2019-05-16 09:05:49 | 社会
今朝ネットで『4月30日の天皇陛下の退位礼正殿の儀で「天皇皇后両陛下には末永くお健やかであらせられます事を願って已みません」を「あらせられます事を願っていません」とやってしまった』と、国民代表の辞で安倍総理が読み上げたことを初めて知った。

テレビも新聞も一言、一文字も触れていない。報道を自粛したのか、検閲されたのか。いずれにしても重大不祥事。

市民・国民の失敗や過失を大事にニュース報道しておきながら、「国民を代表してのお礼の言葉」を真逆に述べた、言語力のなさ、「美しい日本」の見たくもないほどの失態を報道していない。いつも偉そうなことを言うマスコミも、「寄らば大樹の陰」、「我が身かわいさ」そして何よりも「広告辞退による損失」を考えるのが優先。
マスコミの「報道の自由」が泣く。

それにしても、総理と副総裁共々、日本語が読めない人だと言うのが今更ながら・・・伝々・もとえ・・・云々(うんぬん)(最後の2字もネットで検索を)

日産の再建、ゴーン氏の貢献?・・・いや、日本人でなかったからできたのだ

2019-05-14 22:58:11 | 社会
「そんたく」そして「思いやり」はどこにでもあるのだろう、多分日本人ばかりではないはず。
だが、日本人にはもう一つの美徳がある。「謙遜」「遠慮」である。

ところがこれらも、長所となる反面、短所にもなる、

日産の経営悪化時に、「合理化」という名の人員削減・リストラ」や工場の縮小が行えなかった。しがらみが強かったのだろうし、当時の「終身雇用」のためであったろう。

そこが、しがらみの何もない、外国人のゴーン氏に登場を願った結果、「できなかったことができた、やれた」

十年もいると、日本に飽きたのか、いやいつまでもいるつもりは元々なかっただろうから、その後のための蓄財を考え始めた。いつかは分かっても、「多分離日後」であろうと何かもうけ方法を編み出した・・・勘ぐりすぎかな?

昨今、日本人経営者もグローバル化して、英語も話せ、終身雇用をなくし、合理化ができるようになった。
日産は時期が早かったのだろう。だから、第二のゴーン氏は現れないだろう。

それにしても、トヨタは終身雇用をなくすという。
今いる社員の多くは、いつか50歳くらいで「ご用済み」といわれるのだろうか。本人、家族でなくとも不気味だね・・・

「いじめ」の対応が生ぬるい・・・千葉県

2019-05-14 22:11:09 | 社会
千葉県野田市立小4年の女児が虐待で死亡した事件、父親によるわいせつ行為も把握しておきながら、その父親の元へ返した、いや無責任にも手渡した。この女児の世間の無能さと全くの無理解と冷酷さに失望したであろうことを、怒りを感じて止まない。誰も救ってくれないこの世に思いを残すことはなかっtだろう。失意さを無念としか言い様もない。
もし、死んでいなければ、今日も虐待は続いていたであろう・・・『死んで、地獄から抜けられてよかってね・・・』はあまりに悲しい。

それにしても、「この父親の性的虐待も児童相談所(児相)は知りながら帰宅させた」事実を今日まで隠していた。そして、その言い訳。さらには、これら一連のことを「第三者検証委員会」で論議する、と。

この千葉県の事件でも、他県でも何かことあると「第三者委員会」なるものを提案する。結果として役立たずに「第三者」による免罪証をもらうためのようなもので終える。そして、慰謝料の支払い。死者の魂は滅びる。

昨年暮れだったろうか、千葉県児相所長の会見での表情わ忘れられない。「どのように言い訳し、会見を終わらせようか」とでもした目つきにしか私には見えなかった。

「第三者委員会」も所詮第三者なのだ。頼りにはできない。
「いじめ」にたいして大事なのは、子供へ接する親であり、教師であり、医師であり、児相職員であり、警察官・補導係官であり、保護司であり、そしてそれぞれの責任者である「長」と下につく責任者の素早い対応である、即断力、決断力、加えること責任感と「我が子」認識である。

今日まで見てきた多くは、「我が子」「我がこと」が見えてこない、サラリー目的のサラリーマンで過ごしてる姿だ。