四国八十八ケ所霊場 ご開創1200年記念のバスツアー巡拝 第8回
平成26年7月28日 天気雨 第四十七番 熊野山 八坂寺を参詣しました
八坂寺は 修験道の開祖 役行者小角が開基と伝えられ
701年 文武天皇(在位697〜707)の勅願により 伊予の国司、越智玉興公が
堂塔を建立し このとき 8ヶ所の坂道を切り開いて 創建したことから
寺名とし ますます栄える いやさか(八坂)に 由来されているといわれています
815年弘法大師が 荒廃した寺を 再興し 霊場と定められ
その後修験道の根本道場として栄え 紀州から熊野権現十二社の分霊を
移して祀り 熊野山 八坂寺と呼ぶようになったそうです
八坂寺境内
極楽橋といっしょになった山門 天井に阿弥陀如来と極楽浄土の絵が描かれています
山門をくぐって右に 庫裏 と納経所
宝筐印塔(ほうきょういんとう)石造層塔
鎌倉時代の作で 松山市の 文化財に指定されています
救いの手
山門をくぐって 本堂にあがる石段の下から10段目の左側に
救いの手の霊石があり 足や目の病に効験あると伝わっています。
鐘楼
「お遍路の 誰もが 持てる 不仕合(ふしあわせ)」 白象
愛媛県温泉郡重信出身の 高野山管長 森寛紹大僧正の句
御子息を亡くされ 巡拝された時 詠まれたそうです
本堂の右に 権現堂
十二社権現紀州の熊野大権現が祀られています
正面の石段を上ると 本堂 内陣
ご本尊の阿弥陀如来坐像は平安時代の 浄土教を築いた 恵心僧侶源信の作と伝えられ
県の重要文化財に指定 秘仏で50年に一度のご開帳で 次は2034年だそうです
本堂地下に 万体阿弥陀仏が安置されています
本堂と大師堂との間に 閻魔堂
堂の両側に小さな トンネルの道があり 右が極楽の道 左が地獄の道と名づけ
内部壁面に極楽界 地獄界の絵が描かれています
大師堂 内陣
両手で宝壺をお持ちです お地蔵さん? カールでロングヘアー ひざ元に大きな石 ?仏さん
境内左 駐車場奥に いやさか不動尊(不動三尊)を安置
世界平和 商売繁盛 家門繁栄 を願い建立されています
毎年4月29日の八坂寺大祭には 柴燈大護摩供(さいとうおおごまく)
火生三昧(かしょうさんまい) 火渡り修行がされているそうです
奉納された赤い幟が立ちならぶ 静閑な八坂寺をあとに
つぎ48番札所 西林寺まで 約5km バスで約10分です
おしまい