歯科医物語

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和田アキ子 ー YONA YONA DANCE

2021-09-21 22:02:00 | ☆メディア(本・映画・Web・音楽など)

 

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2人の聖子

2021-09-21 19:23:13 | ☆歯科医物語
野田 聖子(のだ せいこ、1960年 〈昭和35年〉9月3日[1] ‐ )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(9期)、自民党幹事長代行(第7代)。旧姓は島(しま)[4]。
岐阜県議会議員(1期)、郵政大臣(第64代)、内閣府特命担当大臣(消費者、食品安全、科学技術政策)、総務大臣(第20・21代)、内閣府特命担当大臣(男女共同参画・マイナンバー制度)、自由民主党総務会長(第52代)、衆議院災害対策特別委員長、衆議院予算委員長、自民党党・政治制度改革実行本部長などを歴任した。
養祖父は大蔵事務次官、参議院議員、衆議院議員、経済企画庁長官、建設大臣などを歴任した野田卯一[5]。


 

橋本 聖子

橋本 聖子(はしもと せいこ、1964年(昭和39年)10月5日 - )は、日本の政治家、元スピードスケート・自転車競技選手。参議院議員(5期)、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長。戸籍名は、石﨑 聖子(いしざき せいこ)。
スピードスケートおよび自転車競技でオリンピック日本代表として出場。アルベールビル冬季オリンピックスピードスケート女子1500m銅メダル。東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会担当大臣、女性活躍担当大臣、内閣府特命担当大臣(男女共同参画)、自由民主党参議院議員会長、公益財団法人日本スケート連盟会長、公益財団法人日本自転車競技連盟会長、公益財団法人日本オリンピック委員会副会長を歴任した。
 
ひとりは 総理候補 もう一人は オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長

2人とも頑張ってほしい
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死ぬときはがんが最適…医師の石蔵文信さん全身がんを語る

2021-09-21 11:10:47 | ☆メディア(本・映画・Web・音楽など)
死ぬときはがんが最適…医師の石蔵文信さん全身がんを語る
9/21(火) 9:06配信
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石蔵文信さん(提供写真)
【独白 愉快な“病人”たち】  石蔵文信さん(心療内科医/65歳)   =前立腺がん・全身がん  ◇  ◇  ◇  いい感じに日焼けしていて健康そうでしょう?(笑い)。最近、毎週ゴルフに行って、週2回テニスをして、自転車で走ったり、屋上で園芸しているからね。でも、元気でいられるのも今年いっぱいかなって気はするのです。  体調が悪かったピークは昨年2月でした。だるくて食事がとれなくて、体重が7キロぐらい減りました。講演会もしんどくて、勤務先の病院で検査をしたら「前立腺がん」でした。それだけだったらまだよかったのですが、すでに全身の骨にがんが転移していることがわかりました。  総合病院へ行ったけれども、全身がんとなると手術も放射線治療もできません。そこでホルモン治療となりました。前立腺がんは、男性ホルモンが多いと活気づくので、男性ホルモンを出さないような薬を毎朝飲み、月に1回は脳に作用する注射をします。これも男性ホルモンを出す命令を止める薬です。これらの治療がわりとうまくいって、がんが小さくなり、体調が改善してきたのでテニスやゴルフができているわけです。  ただ、先月の診察で前立腺がんの指標であるPSA検査の数値が少し上がってきました。ホルモン治療が限界かもしれないので、抗がん剤か遺伝子的な治療を考えないといけない段階に来ているようです。遺伝子的治療の適応があるかどうかを調べているので、次の検診で今後の方針が決まると思います。抗がん剤はいやだけど、一度はやってみるかな、と思っているところです。  昨年2月、体調不良の原因が分からなかったときが一番つらかった。僕も医者なので“マズイもの”だとは察していました。でも、データを見ても前立腺がんだけでは説明がつかない。それが全身がんだとわかったときは、「ああ、なるほど。この病気ならこのデータになるな」と納得できました。  治療法もだいたいわかるし、最高に具合も悪かったので、冗談抜きで死をすぐそこに感じました。そこで腹をくくってしまったので、体調がよくなってきた今はラッキーぐらいに思って、わりと吹っ切れています。「あと2、3カ月先はわからない」と思いながら1年半生きている心境としては、「命が増えている」という感じ。ありがたいですよね。 ■孫の世話と終活とスポーツで忙しい  死がまったく怖くないわけではありませんが、僕はがんになる前から「死ぬときはがんが最適」と考えていました。がんは、人生の終わりまでのプランニングがある程度できるからです。そもそも長生きは絶対にイヤで、70歳ぐらいで死ねるのが理想だと思っていました。あと2、3年先だとすれば68、69歳までなので、まあいい感じかなと思っているんですよ。  長生きがイヤな理由は認知症になって人格崩壊した姿をさらしたくないからです。今はこうして取材を受けても普通の話ができますけれど、そのうちはた迷惑なことを言い出すんです。実際、そういう例をたくさん見てきたからわかるのです。いろんなものがおっくうになって、認知機能も低下して、終活もまともにできなくなりますから。  だから今、僕はどんどん終活しています。物は捨てているし、遺品整理リストも作っています。なにしろ物が多いから、後片付けの負担を軽くしないと家族が大変ですからね。あと、今診ている患者さんの紹介状も書き始めています。  いずれ整理しなければ……と思っていたものが、こういうことになったので積極的に整理できるようになるという意味では、がんは悪いことだけではない。じつは、もう葬式の会葬の品も用意してあります。  5年前に大学教授もやめて、仕事をグッと減らして、今は孫の世話と終活とスポーツで忙しい。一般に骨に転移していると骨がもろいからスポーツはあまりおすすめされないけれど、前立腺がんは骨がもろくならないタイプの転移をするんですよ。日に当たって運動すると骨が丈夫になるから、僕はがん治療をして調子がよくなってきてから趣味のテニスの回数を増やしたんです。  そうしたら、やり過ぎて右腕がテニスエルボー(肘炎症)になったので、昔少しやったゴルフを始めました。ゴルフは右手をそんなに使わないんでね。父親ががんだと娘や婿も一緒に回ってくれますし、歩きながらいろんな話もできる(笑い)。すると今度は左手がゴルフエルボーになりました(笑い)。やっと解禁になりましたけどね。  あと、がんになってよかったことは、お金遣いが少し大胆になること。80、90歳まで生きるかもしれないと思ったら、どうしてもチマチマするでしょう? 僕は今、寿司屋で一番いいやつが頼める(笑い)。がんになったら好きなことをすればいいんです。 (聞き手=松永詠美子) ▽石蔵文信(いしくら・ふみのぶ)1955年、京都府生まれ。三重大学医学部卒業後、国立循環器病センター医師、大阪警察病院循環器科医長などを経て、大阪樟蔭女子大学教授などを務めた。現在は眼科イシクラクリニック内で男性更年期外来を開設。著書に「妻の病気の9割は夫がつくる」などがあり、「夫源病」の命名者。「男のええ加減料理」の提唱や自転車で発電する「日本原始力発電所協会」の設立など、ユニークな活動でも知られる。


 

 
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<浅田美代子>樹木希林さんが逝き3年…20年前に他界した母との“共通点”に驚き

2021-09-21 11:05:27 | ☆メディア(本・映画・Web・音楽など)
<浅田美代子>樹木希林さんが逝き3年…20年前に他界した母との“共通点”に驚き 「徹子の部屋」で語る
9/21(火) 9:30配信
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9月21日放送の「徹子の部屋」に出演する浅田美代子さん=テレビ朝日提供
 女優の浅田美代子さんが、9月21日に放送される黒柳徹子さんの長寿トーク番組「徹子の部屋」(テレビ朝日系、月~金曜午後1時)に出演する。3年前に亡くなった樹木希林さんとの交流や、20年前に白血病で他界した母親のエピソードを語る。 【写真特集】65歳・浅田美代子 スリットから美脚も 透け感×ニットのスカートコーデ この日の別カット&全身ショット
 デビュー以来、46年にわたり、家族のように親しくお付き合いをしていた樹木希林さんが亡くなって3年。「ようやく落ち着いて思い出を振り返ることができた」という浅田さん。
 番組では、浅田さんが21歳で結婚した際に、樹木さん・内田裕也さん夫妻が浅田さんの両親を説得してくれたというエピソードや、浅田さんが旅先で目にした樹木さん・内田さん夫妻の意外な姿も明かす。
 また、闘病中も決して弱音を吐かなかった母と、亡くなるまで決して「つらい」と言わなかった樹木さんとの共通点や、母が亡くなった年齢に近づいた今の心境を語る。


 

 
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「ホテル・ルワンダ」のモデルに禁錮25年判決 英雄にいったい何が

2021-09-21 10:59:30 | ☆メディア(本・映画・Web・音楽など)
「ホテル・ルワンダ」のモデルに禁錮25年判決 英雄にいったい何が
9/21(火) 6:59配信

ルワンダの首都キガリの法廷で2021年2月、弁護人と話すルセサバギナ氏=AP
 ルワンダの裁判所は20日、1994年に起きた大虐殺の際に避難した人々を救ったとして英雄視され、映画「ホテル・ルワンダ」のモデルになった元ホテル支配人ポール・ルセサバギナ氏(67)について、武装組織を創設した罪などで禁錮25年の有罪判決を言い渡した。AFP通信などが伝えた。ルセサバギナ氏と弁護人は出廷しておらず、控訴するとみられるという。 【画像】モデルとなったミルコリンホテルの看板。元従業員は「映画は誇張が過ぎる。お薦めはできない」と告白した。  報道によると、判決では、2018~19年に同国で銃や爆弾を使った襲撃を引き起こした武装組織をルセサバギナ氏が創設したと認定。同氏が組織を経済的に支援していたことなども指摘された。一方、同氏は裁判を「不公平で独立性に欠ける」などと批判し、3月以降は出廷を拒んでいたという。検察側は九つの罪で同氏を起訴し、終身刑を求めていた。  カガメ政権は、政敵を拘束したり脅迫したりするなど強権的な手法を人権団体から繰り返し指摘されており、ルセサバギナ氏も「独裁的」と批判していた。同氏は96年にルワンダを去り、ベルギーや米国で暮らしてきた。しかし昨年8月、ドバイからブルンジに向かう飛行機だとだまされてルワンダ行きの飛行機に乗り、当局に逮捕されたという。  ルセサバギナ氏の家族や支持者たちは、同氏がドバイで拉致されたと主張。裁判についても、「政治的な動機に基づく見せ物だ」と批判しているという。  ルワンダでは94年、多数派民族フツの民兵らが少数派民族ツチや、同じフツの穏健派を襲う大量虐殺が起き、約3カ月の間に80万人以上が犠牲になったとされる。ルセサバギナ氏はこの間、首都キガリのホテルで1200人超のツチらをかくまったとされる。05年には、米国で民間人に対する最高の勲章である「大統領自由勲章」を授与された。(遠藤雄司)


 



 
 
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