田舎へ行ってご/見てご!

二地域居住(田舎暮らし)、花・写真、古民家めぐり、旅、日々のあれこれなど。

雛段図掛け軸:昭和戦前

2018年02月28日 | 古民具っていいなぁ。
我が家には昭和初期のものと思われる「雛段図掛け軸」が4点あります。


我が家の元の持ち主様は4人姉妹なので「七五三」の時に購入又は親戚等から頂いたものではないでしょうか?


どれも経年によるスレ・傷み・破れが進んでいますが状態は比較的よいと勝手に思っています。


珍しいものなのでとってあり、女の子の孫が生まれたら飾ってみたいと思います。


「雛段図掛け軸」については「𠮷徳大光」のHPに少し解説がありましたので引用させて頂きました。
「雛祭には、雛人形を飾るだけではなく、床の間にも節句にふさわしい掛軸を掛けました。その多くは「立雛」の図で、江戸時代以来、有名無名さまざまな画家たちが描いています。
著名画家に特別注文して描かせた雛掛軸は高価なものですから、一部の富裕層に限られますが、庶民もそうしたものに倣って、質素な掛軸を飾ることがありました。それらの多くは町絵師による木版摺や泥絵具の素朴な絵画で、のちには印刷で大量に作られました。
豪華な衣裳を着た雛人形が高嶺の花であった庶民にとって、雛掛軸はそれに代わる品でもありました。土焼彩色の土人形とともに、親戚・知人から贈られたいくつもの雛掛軸を部屋いっぱいに飾る風景も昭和30年代までは各地に見られたものです。
床の間が少なくなった今日では、雛掛軸もほとんど見かけませんが、この多色印刷の雛段図は何とも「レトロ」で、いかにも華やかで楽しい雛祭の雰囲気があふれています。」

こちらは「寿屋本家」(一宮町)に展示されていた雛人形です。

こちらは「茂木佐邸」(野田市)の大玄関に展示されていた雛人形です。

古い椅子・机・棚

2018年02月26日 | 古民具っていいなぁ。
納屋に有った古い椅子などを「ワイマン レモン オイル」で磨いてみました。(撮影:平成27年10月)

このオイルは天然木材製品のオイル仕上げ、ツヤ出し、保護に用いるオイル。

先ずは1人掛けの椅子。天板に釘が使われていないのが気に入っています。どのくらい前のものでしょうか?

少しだけきれいになりました。

長椅子。比較的新しい感じです。



納屋にあった棚ですが、こちらは手づくりのようです。倉庫に持って行って工具などを置く棚に使用しています。

素朴で飾り気のない文机。左側の引き出しがキクイムシに食われていますが何とか使用できます。

床の間の脇にあったものです。捨てようとも思いましたが使えるものは出来るだけ使うことにしました。

木製なので解体も容易で、いつでもゴミとして出すことも出来るので残してあります。


茗荷の収穫

2018年02月25日 | 昭和の杜で田舎暮らし

季節外れですが、昨年8月19日に初めて収穫出来ました。この時期は藪蚊が多くて難渋します。


ミョウガ(茗荷)はショウガ科の多年草です。

生姜などと共に花も茎も香味野菜として日本では古くから親しまれていますが、食用に栽培しているのは日本だけ。

日本でしか食べれない野菜のひとつです。80%以上は高知県でハウス栽培しています。

黄色い部分が花です。

ミョウガは地下に地下茎を伸ばして広がります。

一箇所に植えて続けていると数年で株が生育しなくなるとのことで、諦めていました。

今年は、掘り起こして株を分けて、別の場所に植え替えをしたいと思います。

古くからの言い伝えでは、あまりたくさんミョウガを食べるとバカになると言われてきましたが、安心して良いようです。


茂木佐邸:野田市

2018年02月25日 | 古民家っていいなぁ。(千葉県内)
今は野田市の市民会館になっている「茂木佐邸」に行って来ました。
過去、2度行きましたが写真がみつからないので、「花野井家住宅」の帰りに寄ってきました。

建物は醤油醸造家の茂木佐平治家の邸宅として大正13年頃に完成。その後、野田醤油(株)(現キッコーマン(株))の所有となり、昭和31年に野田市に寄贈されました。野田市の人は、茂木佐平治家を屋号で「茂木佐さん」と呼び親しんでいたそうです。

兎に角、贅をつくした屋敷で、今の貨幣価値にすると20億~30億円かけて建てられたそうです。瓦や柱に至るまで全て特注し、質にこだわ、細かな部分まで心配りがされています。

主屋は、木造平屋建瓦葺、寄棟造の家屋で平成9年に登録有形文化財に指定されています。

表門・車寄・大玄関を利用できたのは最上級の客だけでした。

表玄関の亀の彫刻。亀が3匹彫られているが判りますか?

表玄関の天井



カツラ(桂)の框(かまち)。家1件が建てられるくらいの費用がかかったそうです。



一般の客が利用した玄関。

欄間のデザインも凝っています。



杉の丸太梁。長さ13mあり、太さがほぼ均一なので寒い地方から切り出したようです。

理容と歯の治療に使われた部屋。

床は寄木細工

丸太梁のコーナー処理の技術が凄いですね。

浴室の壁はベンガラ塗り、天井は網代貼りで贅沢な作りになっています。浴槽とシャワー、照明がモダンでハイカラです。

板の間になっている上台所。中央はまな板と飯台が兼用となっている大きな調理台です。

下台所。氷冷蔵庫は今でも置かれています。

現在のレンジフードなのかなあ?



使用人の風呂。五右衛門風呂です。











茶室「松樹庵」昭和初期に一度解体されましたが、昭和43年に別の場所で再建され、その後野田市に寄贈されこの地に移築。



庭園は平成20年に県内初の国の登録記念物となりました。





かつて書院(最上級の来客用の接待・宿泊に使用)があった辺り。踏み石が残っています。





茂木佐家の本印(ほんじるし)は「キッコーマン」の印です。これは亀甲万の印の石











花野井家住宅:野田市

2018年02月25日 | 古民家っていいなぁ。(千葉県内)
昨日、国指定重要文化財の「旧花野井家住宅」に行って来ました。建築は17世紀後半と推定。
花野井家は、中世の前ヶ崎城跡に接した高台に屋敷を構え、元来はこの城に属した地侍層の出身と思われます。

入口付近

薬医門。この門は江戸時代末期のもので、もと上原家の門として使用されていましたが、母屋の改築にあたり野田市に寄贈されたものです。
江戸の名工左甚五郎一夜造りの門と伝えられています。

花野井家はもと花野井四郎氏の住宅で、流山市前ヶ崎に所在していましたが、昭和46年に野田市が寄贈を受け、野田市清水に移築したものです。近世に入っては幕府直轄の牧であった小金牧で、牧を管理する牧士(もくし)を世襲した家柄です。

茅葺屋根。20年に1回、葺き替えを行うそうです。葺き替えには1,600万円位かかり、費用は国が1/2、県と市がそれぞれ1/4を負担して葺き替えたとのこと。

茅は霞ケ浦湖畔の苅場から調達し、つくば市の職人によって葺かれたそうです。

移築前は間口10間半、奥行5間半の大きさでしたが、移築を期に建造当初の形式である間口8間、奥行5間の規模に復元されたそうです。

広間の囲炉裏。座敷にはあがれなかったのが残念です。

広間の小屋組み。梁が太く、曲がっているので、当時(約350年前?)の大工さんは凄い技術を持っていた事がわかります。

4畳、10畳、6畳の和室の続き間です。昔は板の間だったと思います。

天井は竹が使用されています。

土間(三和土)からみた広間。20畳位はあるようです。

1日に2回ほど茅葺屋根を燻蒸するため薪を燃やして煙を出しています。

直径1m以上ある臼。餅を搗く臼ではなく雑穀をすり潰すのに使用したようです。杵も大変重い物です。