特定非営利活動法人 被災者応援 愛知ボランティアセンター 公式ブログ

2011年3月17日設立。孤児遺児応援活動、被災地ボランティア活動等、現在進行形で被災者応援活動を行っています。

愛知ボラセンの活動予定⇩(更新日:2024.4.7)

令和6年1月1日に発災した石川県能登地方を震源とする能登半島地震により、
お亡くなりになられた方々に謹んでお悔やみ申し上げますとともに、
被災された皆さまに衷心よりお見舞い申し上げます。

NPO法人被災者応援愛知ボランティアセンターは、観光庁からの「観観産第174号(平成29年7月28日)災害時のボランティアツアー実施に係る旅行業法上の取扱いについて(通知)」に基づき、被災地ボランティア活動を実施いたします。

災害時のボランティアツアー実施に係る通知の適用対象となる地域について


■今後のボランティアバス活動予定
 現在ボランティアバスの募集はありません。

「ボランティア」という言葉について考える~愛知ボラセンの名付けにこめた思い~

2013年04月28日 15時42分16秒 | スタッフのつぶやき

代表の久田です。「くぐなり食堂ニュース」2013年4月27日に掲載した文を紹介します。

ボランティアの語源は「志願兵」
91回報告でボラセンスタッフの石田が「ぶっちゃけ、私はボランティアという言葉は嫌いです」と書いています。ボランティアのMさんは今の活動がボランティアかどうか若干の違和感を覚えていらっしゃいます。
災害ボランティアであれ、他のボランティアであれ、ボランティア活動にはいろいろなものがなければならない、と私は考えています。
その上で、「ボランティア」に関する私の考えを述べます。ボランティア(volunteer)はもともと「志願兵」という意味です。「志願する」という言葉にあるのは、主にボランティアである自分の側のことであり、ボランティアの対象者への視点に欠けるところがあると思います。「ボランティア」という言葉にどこか偽善的な匂いを感じる方がいらっしゃるのは、そもそもの語源にも起因していると考えています。

 「被災者自立支援 負けせんぞ水害にしび」という名前の青臭さ
私も実は「ボランティア」という言葉を好ましくは思っていません。2000年の東海豪雨水害の際には、「被災者自立支援 負けせんぞ水害にしび」という団体を起ち上げました。この頃、私は「ボランティア」に替わる言葉を探していました。それが「被災者自立支援」という言葉でした。今から思えば青臭い言葉だと思います。そもそも小さな民間団体が被災者に仕事や家を提供できるはずもありません。
なお、この時は、愛知県西枇杷島町で、毎日夕食時に副食1品を提供したり、町内6,000戸に全戸配布する地域ニュースを隔週で発行したりするなどの活動を行いました。「くぐなり食堂」や「くぐなり食堂ニュース」を配布する活動の原型がここにはあります。

いろいろな考えをこめて名付けた「被災者応援 愛知ボランティアセンター」
「被災者応援・愛知ボランティアセンター」が愛知ボラセンの規約上の正式名称です。単純な名前ですが、色々考えて名付けました。「東日本大震災」とつけていないのは、大災害がおきれば0泊3日で行ける範囲なら、どこへでも応援にいく姿勢の現れです。「被災者援」であり「被災者援」ではありません。「支援」は力を貸して助ける意味です。「応援」は仲間として声援や拍手を送り励ます意味があります。被災された皆さんは仲間であり、友達だと考えています。そして、被災された皆さんの復興に向けての活動を応援しようと考えています。個人的には好きではない「ボランティア」という言葉ですが、それはあくまでも私の個人的なことです。そんな個人的な好き嫌いより、言葉として定着している「ボランティア」とした方が分かりやすいと考えました。「被災者応援」とつけているので、対象者への視点が欠如することもないと考えました。
さらに、気のあった仲間のグループ活動ではなく、より多くの人々が参加する活動をすることを意図して「センター」としました。また、英語やカタカナのかっこいい名前では、いちいち説明しなければなりません。それも独りよがりではないかと考えました。「愛知」と名付けたのは、被災地から遠く離れた愛知から来ているというだけでも応援のメッセージが込められると考えてのことです。

まとめれば、被災された皆さんが元気になること、そして復興への歩みを、仲間として愛知から応援を続ける、そのために必要な活動をする、これが「被災者応援・愛知ボランティアセンター」の名前にこめた私の基本的な考えです。

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第91回活動報告 は涙涙

2013年04月24日 20時52分19秒 | [東日本大震災]宮城県牡鹿半島十八成ボランティア

皆様、こんにちは スタッフ石田です。

第91回活動報告いたします。

 

今回も初参加の方が多くいらっしゃいました

そんな日にはつらい肌寒い天候でした

朝、まずは門脇小学校に寄りました。

 

何もない原っぱになってしまった街ですが

津波の恐ろしさを皆さん感じていらっしゃいました

 

ただ、私が前回来た時よりもがれきの山が小さくなっていました。

処理は進んでいるんでしょうか?

 

くぐなり浜に到着して、朝のミーティングを行いました

そして、それぞれの班に分かれて活動を開始します

 

~くぐなり食堂~

今回のメニュー

ごまひじきご飯

たまごの中華スープ

ササミカツのマヨたれ

新じゃがの照り煮

アスパラの白和えサラダ

キュウリと玉ねぎのゴマ酢和え

 

となります。

皆さん、テキパキと動きます。

たまごが多いのは20個発注のところを20パック持ってきてしまったとのこと。

さすがに使いきれないので返品いたしました。

後藤さんがつくしを取ってきてくれたので、一緒に調理します

今回は、ササミカツを揚げてから切る作業が大変そうでした。

 

ちょうど良いボリュームで完成いたしました。

 

~チーム恭一~

今回のチーム恭一は

急斜面での作業となりました。

斜面にある木をのこぎりで切って運んだり

引っかかっているがれきのような物たちを下に落とすのが今回の作業でした

 

急斜面の中で、のこぎりを使って作業をする

皆さん非常に体力を消耗されていました

 

~心配り班~

若干、肌寒い中での心配り活動です。

今回は、石田も少しだけ同行いたしました。

 

『いつもと何か雰囲気が違う』っと言われる地元の方に

「私のようにいい男がいるから」っと即切り返したAさん

なかなか、会話も奥が深いっと思いました

 

水が到達したところが線になって残っているお宅などもありました。

 

~命の語り合い~

今回も邦子さんの語り合いを参加者の方はしっかりと心に刻みます

隣の部屋で恭一さん、後藤さんと建築関係の話をしていましたが

 

今まで聞いた中で一番大きな『はい!』の声だったのではないでしょうか?

それは、みんなが一体になった証でしょう

 

 

~出発式+α~

出発式です。

今日の感想などを壇上にて発表していただきましたが

途中、感極まって涙を流す姿もありました。

 

1つでも多くのことを心に刻んで、名古屋へ出発いたします。

 

 

私は、次回も参加の予定です。(体調次第になりますが・・・。)

 

余談

バスの中で

『ぶっちゃけ、私はボランティアという言葉は嫌いです』

っという発言をしたことに対して

 『じゃあなんでこの活動を続けているのか?』っと聞かれました

 

答えは『なんとなく』です

東北の復興、日本の復興がうんたらかんたら

っという難しいことはあんまり考えていません

(私は・・・ですw代表や他のスタッフはそのあたりも含めていろいろ考えていると思います)

くぐなりの方にしろ、ほかの地区の方にしろ

色々といただいているものがあります

言葉だったり気持ちだったり缶コーヒーだったり

絶賛恩返し中です。

っというわけでこれからも

なんとなく「あかるく」

なんとなく「たのしく」

なんとなく「真面目に」

活動をしていこうと思います

 

以上、第91回報告でしたー

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低平地の砂浜公園計画を実現するために~資金、砂の調達、マンパワーの3点が重要~

2013年04月23日 10時15分38秒 | 十八成ビーチ・海の見える丘協議会

2013年4月20日に十八成浜で配布した「くぐなり食堂ニュース」から

資金調達のメドは…、復興庁と環境省
 先週のくぐなり食堂ニュースで、復興庁の計画を紹介しました。「復興交付金の運用の柔軟化について」、「Ⅱ.効果促進事業等の対象拡大」で、「観光・なりわいの再生に向けた事業」として、「砂浜の再生調査、整備」をあげています。十八成協議会としては、まずは復興庁の復興交付金の獲得をめざします。
 さらに、環境省の「みちのく潮風トレイル(旧名「東北海岸トレイル」)も期待できそうです。同省HPでは、三陸復興国立公園を創設し、「『みちのく潮風トレイル』とは、東北地方太平洋沿岸地域に整備するトレイルコースのことです。トレイルとは、森林や原野、里山などにある「歩くための道」を指す言葉です。歩くスピードで旅することで、車の旅では見えない風景、歴史、風俗や食文化などの奥深さを知り、体験する機会を提供するものです。」と説明しています。計画では、青森県八戸市から福島県相馬市までを整備します。牡鹿半島は「金華山道」が対象となっています。
 十八成浜の金華山道は不明な箇所がありますが、砂浜の景観美が十八成のイメージですから、金華山道からかつて見えていた風景を再現することが、「みちのく潮風トレイル」事業の一環としての砂浜公園化は十分に期待できます。

砂の調達は…、国内調達は可能
 低平地をかさ上げするため、被災地では土砂の価格が高騰しています。そのため砂を入手することが困難な状況になっています。ですが、神奈川県の湘南海岸では砂浜を維持するために毎年30万㎥の砂をいれているとのことです。十八成で予定している3万立方㎥は建築関係者に聞けばそれほど多い量ではないとのことです。国内からの調達は問題なく実現できると考えています。

マンパワーは…、愛知ボラセンに
 運んできた砂を敷き詰めるのにはマンパワーが必要です。重機で行えばよいのかもしれません。ですが、愛知からのボランティアで敷き詰めたいと考えています。瓦礫撤去で、いわば十八成をマイナスからゼロにすることができたのではないかと思っています。そして、低平地に砂を敷き詰めることは、ゼロからプラスにすることと思います。愛知ボラセンのボランティアの皆さんは砂を敷き詰めに、喜んで十八成に帰ってこられると思います。

                      特定非営利法人 被災者応援 愛知ボランティアセンター理事長
                      一般社団法人 十八成ビーチ・海の見える丘協議会事務局長 久田光政

 

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十八成消滅の危機から脱するために~低平地の砂浜公園計画 概要~

2013年04月21日 02時30分34秒 | [東日本大震災]宮城県牡鹿半島十八成ボランティア

一般社団法人十八成ビーチ・海の見える丘協議会(会長:沼倉憲一)は、2013年4月13日に十八成浜で配布をした「くぐなり食堂ニュース」に、以下の概要を掲載しましたた。

復興交付金の運用に「砂浜の再生」も。復興庁も砂浜公園計画を後押し 
 低平地の砂浜公園計画は十八成消滅の危機を脱するものとして立案したものです。カタールフレンド基金は選外となってしまいましたが、それは実現のための手段の一つにしかすぎませんでした。一般社団法人 十八成ビーチ・海の見える丘協議会(以下、十八成協議会)は、本来の国の復興計画での砂浜公園の実現を考えています。
 平成25年3月8日に、復興庁が記者発表した資料によると、「復興交付金の運用の柔軟化について」、「Ⅱ.効果促進事業等の対象拡大」で、「観光・なりわいの再生に向けた事業」として、「砂浜の再生調査、整備」をあげています。同日、根本復興大臣は、「効果促進事業等についても、砂浜の再生、(中略)を含め、専ら個人・法人の資産を形成するための事業等のネガティブリストに該当しないものには基本的に対応します」と記者会見で語り、十八成の砂浜公園計画を復興庁も後押ししています。

限界集落の十八成。このままでは20数年後には、消滅の危機に
 限界集落という言葉があります。限界集落とは、65歳以上の高齢者が人口比率で住民の50%を超えた集落のことを指しています。限界集落は過疎化・高齢化の進行で日本中に急速に増えてきています。限界集落となった地域はやがて消滅に向かうと考えられています。
 過疎地を襲った東日本大震災は、過疎地の過疎化をいっそう促進させています。下の表は1960年(人口1,000人)から2012年(人口120人)までの十八成の人口の推移を示しています。

 

 この50年で人口は90%も減少しています。そして、東日本大震災があきらかに拍車をかけています。十八成が大きな変化がなくこのままのような状況なら…、20数年後に消滅の危機を迎える可能性は極めて高いと思われます。

消滅の危機から脱するために
 十八成協議会は高台移転に際して、被災者が住みやすい住宅をつくることが最も重要な課題です。ですが、いくらすばらしい防災集合住宅を作ったとしても、20数年後には住む人がいなくなるとしたら…、それは本当に残念なことです。ですから、十八成協議会は明日の十八成をどうつくるのかも真剣に検討しなければならないと考えています。そのためには…。そうです、流されてしまった低平地です。被災者の思い出のつまった場所です。津波でできてしまった何もない広い土地。ここを有効に活用し、意味あるものにしなければ、いけないのではないでしょうか。

高台造成の土砂で低平地をかさ上げ
 低平地のかさ上げは行政の行う決定事項です。行政による買い取りを希望されない方の土地もかさ上げすることも決定事項です。現段階で行政レベルでの決定事項はここまでです。この後の方向性として、行政は買い取った低平地を公園にする案があります。今は案でしかありません。そして、どのような公園にするのかという具体案はもちろんありません。

行政が買い取る低平地を、かつての十八成のイメージに
 十八成協議会は、十八成の消滅危機を脱する方途として、公園化に目をつけました。芝生や草木の緑地公園ではなく、鳴き砂の十八成らしい公園、かつては野球もできた広々とした砂浜だった十八成。広大な低平地に砂を入れて、砂浜公園にすれば、かつての十八成のイメージを再現することができるのではないかと考えました。公園造成経費も、公園にした後の維持管理経費も、砂浜公園の方が、緑地公園よりはるかに安くつきます。従って砂浜公園化は行政にとっても合理的な案です。なお、この時点では現在の県道2号線はまだ残っている状態です。砂浜公園建設後は、十八成協議会が指定管理者として、公園の運営をさせて頂きたいと考えています。

砂浜公園は、どのように十八成を消滅から救うのか
①平日は砂浜公園での介護予防事業に、1万人
 砂浜を歩くだけで足腰を鍛えることができます。砂浜を利用したビーチスポーツは幅広い世代の人たちが楽しむことができます。石巻市亀山紘市長は「私もスポーツを通じて健康のことは考えていました。それも難しいスポーツじゃなく、子供や高齢者が気軽のできるようなものをと考えていました。市民が健康になれば、引いては、市の財政負担も軽減できると言うことなんですよ」と、ビーチスポーツが介護予防事業として、市民の健康増進に役割を果たし、それが医療費や介護保険料などの軽減につながっていくことを期待されています。砂浜を活用した高齢者の健康増進、健康維持プログラムを開発します。そして、介護予防事業として、石巻市市内および周辺地域に送迎バスを出し、高齢者を招きます。雨天対策用には簡易な体育館施設も用意します。平日の午前、午後のプログラムに、30人ずつの利用者とすると、30人×2×150日で年間約1万人の利用者を見込むことができます。 

②休日は砂浜公園でのビーチスポーツに、3万人 
 ビーチでの代表的なスポーツは、オリンピック種目にもなっているビーチバレー。そして最近関心が高くなっているビーチサッカー。他にもビーチテニス、ビーチバスケットボール、ビーチフットボール、ビーチハンドボール、ビーチアルティメット(フライングディスクを用いた競技)、ビーチレスリング、ビーチ相撲、監視員の技術を競うライフセービングやトライアスロンなどもビーチスポーツです。ビーチでのたこ揚げ大会も考えられます。仮に1チーム5人のビーチスポーツ大会を主催すると、応援や家族も含めると1チーム10数人の参加を見込むことができます。20チーム参加の大会を主催すれば、15人×20チーム×100日=3万人のビジターを見込むことができます。

③春秋の遠足に1万人、冬は砂の芸術祭に、1万人
 春や秋の遠足シーズンには、獲りたてで新鮮な牡鹿半島の魚を、砂浜公園付帯施設のバーベキューコーナーで楽しみ、食後はビーチでスポーツを楽しむことができます。仙台市周辺からほどよい距離の遠足地です。遠足として、1日200人×50日=1万人を見込むことができます。冬には札幌雪祭りのような砂を利用した立体造形物をつくり、砂の芸術祭のようなイベントを2週間程度開催し、1万人の観光客を見込みます。

④年間ビジター目標、当面は6万人
 上記の計画を達成することができれば、年間6万人のビジターを見込むことができます。一人当たり2,000円消費すると想定すると、2,000円×6万人=1.2億円の経済効果を見込め、3,000~4,000万円の収益が生まれると想定されます。そして、十八成浜を中心とした高齢者の雇用を創出することができます。健全な労働が高齢者の生き甲斐につながっていきます。ビジターは、将来的にはさらなる増加を目標とします。

⑤過剰な設備投資はせず、ランニングコストも格安
 当面必要な施設は、管理施設(飲食・物販コーナー含む)、風雨がしのげる程度の簡易体育館的施設程度です。管理運営経費は砂の管理が中心ですから、それほどかかりません。ビーチサッカーでは競技の前に選手全員でビーチの清掃活動をします。自分たちが楽しむ場所は自分たちできれいにするのがビーチスポーツの神髄です。利用者とともに、環境を守ることは、環境保全の啓発とともに、ランニングコストの削減にもつながります。

⑥年間降水量の少ない石巻市!~夏暑くなく、冬はそれほど寒くない!~
 気象庁は全国1,022地点の過去30年間の降水量を公表しています。そのデータによれば、石巻市は雨が降らないランク1,022地点中、96位(上位10%以内)。さらに十八成は夏でもそれほど暑くはなりません。冬も雪は少なく、風も比較的穏やかです。「十八成ビーチ」は自然の恵みという貴重な資産を最大限に活かせます。雨が少ないことを利用して、太陽光発電・蓄電をできるだけ大規模に導入します。災害が発生した時にはこの装置が十八成を助けます。

将来的には天然ビーチの再生で、海水浴客3万人
 神戸大学大学院内山雄介准教授(海洋工学)は、十八成浜の砂浜再生について「もともと砂浜ができる地形だったので、その地形に沿って砂を投入すると砂浜は再生できるのではないか。ただし、震災後の海底地形の測定が必要」といわれています。最終的には、現在の県道2号線を撤去し、海岸線を少しさげる形で、かつての美しい景観を取り戻したいと考えています。海水浴客は3万人を見越しています。

高齢者が移住したくなる十八成に
 砂浜公園事業の第一期の目標はビーチスポーツなどの振興で十八成が活気を取り戻し、利益をあげ、地域住民の雇用を確保し、以て健康の増進に寄与することです。
 第二期の目標は、このビーチ事業の利益を糧として、十八成の皆さんが安心して暮らせる街をつくることです。高齢者が多い十八成。元気な方はそれぞれの希望や特技を活かしてビーチの諸施設で働いて頂くことができます。そして、利益によって高齢者に必要な諸施設を建設、運営し、十八成の皆さんが安心して住める街を作っていきます。
 第三期の目標として、他地域の高齢者が住みたくなる街づくりを展望しています。十八成の高齢者の皆さんが安心して住める街は誰にとっても老後を安心して暮らすことができる街です。高台では高齢者の方々が安心して老後をおくることができ、低平地ではビーチスポーツで活気あふれる街をめざします。
 最終的な目標は、人が住みたくなる、人に優しい街づくりです。雇用が保障され、高齢者や弱者に優しい街。それこそが被災地にふさわしい街づくりではないかと考えています。

 十八成協議会では砂浜公園による“浜おこし”(十八成再生)案は有力な方法であると考え、実現化にむけて動いています。しかし、この案が唯一無二のものであるとは考えてはいません。他にもすばらしい“浜おこし”プランがあれば、虚心坦懐に検討します。そして、よりよい十八成再生のために、地域の皆様とともに歩んでいきます。
 なお、「牡鹿半島は今 被災の浜、復興へ」(鈴木孝也著 河北新報出版センター 2013年3月10日発行)で、「にぎわいへ砂浜の再生構想(十八成浜)」として、及川区長(十八成協議会副代表)のインタビューを中心にこの計画が紹介されています。ご一読ください。(文責:久田光政)

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4月13日ワンコイン・サポーターズ事務作業報告

2013年04月20日 14時29分17秒 | 震災孤児遺児応援ワンコイン・サポーターズ20,000人プロジェクト

こんにちは。スタッフ横井です。

報告がおくれてすみません。
先週のワンコイン・サポーターズ事務作業も大勢の方がお集まりくださり、無事に活動を行いました。

15名の方にお集まりいただき、ゆうちょ銀行を照合するチームと

その他銀行を照合する方々とに分かれて活動しました。

ゆうちょ銀行は人数が多くていつも大変ですが、みなさん一生懸命に照合してくださり、
無事に2月の照合が完了しました。

今日も初参加の方がいらしてくださり、うれしかったです。

少しずつで良いですし、来れない日があったりしても構いませんので、
みんなでつないでいきましょう。

そして6月末の送金に向け、忙しくなってきます。
みなさんのご協力をぜひよろしくお願いいたします!

今後のワンコイン・サポーターズ 事務作業の予定

4月20日(土) 13時~17時 東別院会館 第一教室
5月11日(土) 13時~17時 東別院会館 第一教室
5月25日(土) 13時~17時 東別院会館 第一教室
6月15日(土) 13時~17時 東別院会館 
6月22日(土) 13時~17時 東別院会館 

 *部屋は入り口のホワイトボードでご確認ください

その後も毎月2回 土曜日に活動を継続していく予定です。
5月末~6月中旬にかけて、送金準備のため、活動回数が増えたり、
活動時間が長くなる可能性があります。

あると便利な持ち物
 30センチものさし、筆記用具

東別別院会館さんの場所
   google mapで表示する

今日も17時まで活動しています。ご連絡が遅くなってしまってごめんなさい!
みなさんとご一緒に活動できるのを楽しみにしています。

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中日新聞 くぐなり日記 三年目の被災地から 2 チーズケーキ

2013年04月20日 09時22分20秒 | 新聞・ラジオ・TV・冊子など広報お知らせ

代表の久田です。

くぐなり日記2「チーズケーキ」をご紹介します。

昨日は「色」、今日は「味」。
ともに、震災直後から、見て、食べているのですが、余裕のない時には、感じられなくなってしまうものなんですね。

地元の魚を使った具だくさんのあら汁。私はこの日に邦子さんの手作りのものを頂きました。
海鮮の味を活かすために薄味の仙台味噌仕立て。
とてもおいしく頂きました。ごちそうさまでした。

この写真、ほほえましくっていいですね。
実はこの時、私は恭一さんのとなりでチーズケーキをおいしく頂いておりましたw 
ごちそうさまでした(チーズケーキと仲睦まじいお二人に)
ちなみに昨日のくぐなり桜の写真撮影時には、私は向かい側の仮設住宅の中におりました。

この記事で紹介されている「金華山チーズケーキ」は、石巻市渡波の更地の中に一軒だけあるお店、「えくれーる」さんの名物ケーキ。
ふわふわで、かつチーズの味がしっかりとしていてとっても美味。1,050円です。
「えくれーる」さんにはおいしいパンもあります。
愛知ボラセンのボラバスでは、車内から眺めるだけですが…。

今日(4月20日)も愛知ボラセンは十八成ボラです。第91回目の今日も大型バスほぼ満席の42人。
十八成浜、本日の最高気温予想9度、強い北風が吹いています。
寒い一日ですが、ボランティアの皆さん、顔晴って、笑顔を届けてください。


 

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中日新聞 くぐなり日記 三年目の被災地から 1希望の桜

2013年04月19日 09時55分19秒 | [東日本大震災]宮城県牡鹿半島十八成ボランティア

久田です。

本日から、中日新聞社会面で「くぐなり日記 三年目の被災地から」が5回シリーズで始まります。

2年たってようやく「色」を感じたという邦子さん。

くぐなり桜におどける さくらちゃん。それを温かく見る仮設のお年寄り…。

ちょっと泣きました。

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継続は力なり 第90回活動報告

2013年04月17日 12時23分58秒 | [東日本大震災]宮城県牡鹿半島十八成ボランティア

こんにちは

今週の十八成桜

 

葉桜 オオシマザクラはソメイヨシノに比べて、早く咲くようです。

エール2ndでカラー1ページの広告を出してくださったチャリティーサークル「ふれあい会」さん(東京・南雲千秋会長)。
ふれあい会さんのチャリティーディナーショーが、4月14日(月)、東京・浅草ビューホテルで開かれました。
昨年12月に十八成仮設でミニコンサートをされた立花秀樹さん
野口五郎さん、大沢樹生(元光GENJI)、モノマネ四天王の布施辰徳さんなどの豪華ディナーショー。

そのディナーショーに東北3県の被災者が招待されました。
牡鹿からは十八成(2人)、小渕(4人)、鮎川(5人)の皆さんに、私(久世)が同行して参加しました。

チケット代金一人27,000円、着飾った400人を超える方々が出席されていました。
私には縁の薄い目がくらむような世界…。

気仙沼、東松島、福島から招待された被災者の方々が挨拶された後、
我らの阿部邦子さんが登場。「生きてください!」と迫力の挨拶。
南雲会長は「この短い挨拶だけでも心にきた。『がれきに咲いた花』がすばらしい内容だと分かった」と、邦子さんに駆け寄られました。

私のしらない間に、邦子さんは大沢樹生さんと意気投合されたようで、
フィナーレでは、ステージから大沢さんが邦子さんを手招き。
舞台の上で、邦子さんは南雲会長とハグしていました。
ショーが終わった後にも、十数人の方々が、邦子さんに「挨拶、感激しました。風化させません」などと話されていました。

民宿めぐろの目黒さんは、ご自身が紹介された新刊「牡鹿半島は、今」(河北新報出版センター)の営業をしっかりとされていました。

このチャリティーディナーショーを開催された
南雲会長、本当にありがとうございました。
楽しいひととき、そしてすばらしい出会いとなりました。

さて第90回(4月13日)活動報告です。

そうです。なんと、90回!
「このボランティアがずっと続いて欲しいなと思います」と言って下さる方がたくさんいらっしゃいます。
十八成に仮設住宅がある間は「くぐなり食堂」を続けます。
最低でも月1回は訪問します。
そして、高台に復興住宅ができても、定期的に訪問し続けます。
100回記念は8月上旬の見込みです。

今回の参加者は、スタッフも含めて43人、17歳から73歳の平均年齢は35歳。初参加者は約7割。


今回の活動内容
◎くぐなり食堂
◎こころ配り
◎チーム恭一with安吉&文吾
◎阿部邦子さんの語り合い

◎くぐなり食堂

 

新玉ねぎの香味ご飯
おくらのコンソメスープ
ロールキャベツの洋風あん
ちくわの磯辺揚げ カレー風味
根菜きんぴら
新じゃがポテトサラダ

大ベテラン勝谷料理長(72歳)のもと
今回は少し多い160食を提供。
高校生~主婦の方と幅広い年代で160食に挑戦!!

       

   

調味料がその場になければ、あるもので作り
時間内に完成。

今回も大変美味しいくぐなり食堂でした。
ごちそうさまでした。

仮設住宅のくぐなり食堂では、スペシャルメニュー!
朝獲りたてのムール貝、ワカメが、鮎川の方からボランティアさんに、と用意してくださいました。

ムール貝の食べ方を教えて頂きながら、おいしく頂きました。
ごちそうさまでした。

美味しすぎて何個も食べた人も・・・(自分かも)
でも、ボランティアに食べさせたいというお気持ちにとても感謝しております。
ほんとうに、ごちそうを頂き、ごちそうさまでした。


   

仮設住宅談話室では、
阿部典子さんとの座談会を行いました。
ボランティアさんと典子さんとの語る会。
典子さんありがとうございました。

◎こころ配り
今回も各班 たくさんのお宅に上げて頂き、お茶や漬物など御馳走になりました。

 
いつもありがとうございます。   

「初めて参加したのに、こんなにおもてなしをして頂けて嬉しい」
「孫のように可愛がってくれてた」と、ボランティアの皆さんが笑顔で感想を語っていました。


◎チーム恭一with安吉&文吾
十八成のお墓の砕けた石を運ぶ作業。
まず現場へ行き作業の段取りを説明し終わった後に
「はい休憩!!」と恭一さん。

ボランティアの皆さんの不安で一杯だった気持ちが緩んだ瞬間でした。
恭一さんの気遣いにいつも感謝しています。
休憩の後は、協力し合っての作業。
一日かかる予定だった作業も
笑顔で一生懸命行い
2トンダンプカー3台分(6トン)の石を運びました。

 

その後、白山神社の木を切る作業へ。
お墓で築き上げた団結力を白山神社でも発揮。
あっという間に作業終了。

     

その後は十八成の海に行き
恭一さんや文吾さんから津波の様子などを聞き
「この静かな海が十八成を襲ったのか」
と学んだ時間となりました。

◎阿部邦子さんの語り合い
地震とは何か・・・
津波とは何か・・・
風化とは何か・・・
仮設住宅での暮らしはどんなものか・・・
十八成の将来とは何か・・・
生きるとは何か・・・

真剣に熱くボランティアに語りかけてくれました。

そして、邦子さんの最後の言葉
「生きて!」
邦子さんとの最後の掛けあい…
「生きて!」「はい!」体の中から湧き上った言葉・・でした。

そして
出発式

今回は中京大学生の参加が多く、なんと総勢13人。
バスで「あなたも中京だったの?えっ何学部?何年?」という会話が・・・

恒例のエールはそんな中京大学生(中京大OB含む)がステージに。
皆で心を一つに行いました。

 

集合写真
皆さんの笑顔が素敵^^


感想ではほとんどのボランティアさんが
「機会を作って必ず参加する」と発言。
若い力に、人生のベテランの経験豊富な力で
復興のお手伝いをしていきたいと思います。

写真をご提供してくださった皆さんありがとうございました。

コメント (5)
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「災害救援」(野田正彰著 岩波新書)は、災害救援の教科書

2013年04月16日 13時47分29秒 | スタッフのつぶやき

久田です。災害ボランティアの教科書とでもいうべき本を紹介します。

「災害救援」。この本は阪神大震災直後の1995年7月に発行されました。
筆者の野田正彰氏は精神科医として各地の被災地で活動してきました。
発行直後に読み、感銘を受けました。
18年たって、何か違いがあるのだろうかと思い、読み直してみました。

驚きました。ほとんどそのまま今もあてはまるようなことばかりです。
多少はどうかなと思うこともあるにはありますが、それはたいしたことではありません。

 

私たちは、戦後、被災者の悲しみに寄り添い、絶望のなかからも社会への信頼が芽ばえるような災害救援を創ってきただろうか。(6ページ)

ここでは身体医学的救急と物質的援助は過剰なまでに行われていた。だが、それら眼に見える物の援助は過剰なまでに行われていた。だが、それら眼に見える物の援助に没頭することによって、かけがえのない人や身のまわりの大切な物を失った被災者の心の傷は、意図的に無視されていた。
被災者は、愛する家族やかけがえのない家や物を喪失した悲哀に十分にひたることも許されず、再起できるのだろうか。(14ページ)

被災者は、災害によって粉々になってしまった生活の秩序を、もう一度、生きる意味を発見することによって再構成しなければならない。もし、それができなければ、たとえ命が助かったとしても、自己破壊に向かって進んでいく場合が少なくない。耐えがたい心的外傷を負った後、離婚、転職の繰り返し、失業、慢性アルコール中毒、交通事故、自殺などが多くなる。緊急の外傷への手当てと物質的な救援は、被災者たちが再び精神的に立ち直ることができてこそ意味を持つ。(中略)被災者への物質的援助も、被災者が精神的に癒され、生きる目的を見つけていくための補助にならなければならないはずだ。(18~19ページ)

事前の予防対策とともに、災害救援の文化を創っていかねばならない。精神的な支持を中心とし、物質的援助をそのために補助と考える災害救援の文化が創られるならば、不幸な災害を通してでも、人間社会を信頼することができるようになる。災害の受けとめ方に、私たちの社会のやさしさが表されるからだ。(32ページ)

本当のいたわりは、救援の騒がしさが去り、家族が離れ、地域の結びつきがゆるんだところから始まる、と思った。(46ページ)

子どもの心に残されるのは、人間の無力感、大人よりももっと弱い者のもつ無力感である。(中略)災害を救援する「外の社会」は、子どもたちの、こんな無力感に無視した。学校の先生は生徒に津波の絵を描かせ、作文を書かせた。だが、それは全国からよせられた励ましにこたえるためのものではあっても、子どもたちが自分の無力感について話しあうための糸口としてではなかった。傷ついた心について語りあうことを許さず、「強くなろう」、「災害に負けない子どもになろう」と励ました。(51ページ)

被災者にとって、再建とは旧に戻ることではない。喪った家族は絶対に戻ってこない。立ち直るには理想がなければならない。災害にあったが、人と人とのきずなは、この社会は、信じられるという思いが不可欠だ。救援者が贈ることのできる最高の贈り物はその思いである。(58ページ)

(奥尻災害の)救援物資のうち1200トンをこえる衣服が焼却され埋め立てられ、その保管料に1億2000万円かかったという。(53ページ)
奥尻災害では救援物資の保管、仕分けに膨大な費用と労力がとられた。(75ページ)

傷ついた人こそ、自分を尊敬してほしいと思っている。ボランティアの真の仕事は、被災者一人ひとりの内に人間の尊厳を見出すことである。(76ページ)

外から救援に入ってきた者は、「してあげる行為」はすべて善だと思っており、被災者と自分との関係そのものを反省的に見ない。その結果、マスコミを含め、外から関与する人は一方的な救援者の役割に酔い、被災者を受け身の人々に変えていく。その誘導をするのはテレビや新聞である。(102~103ページ)

精神的外傷を受けるような体験は、たとえ苦しくとも意識的に想い起こして分析し、巨大な短絡路(バイパス)のなかに再び細かい思考のネットワークを築いていく必要がある。分析し整理していく方法として、よく理解してもらえる人に向かって話し、聞いてもらい、その過程で思考の道筋を自ら再生していくのである。災害体験について話すことの有効性は、以上の理論的考察からわかるであろう。(141ページ~142ページ)

復興と喪の作業は被災社会が荷なわねばならない二つの課題である。復興は喪の作業に支えられてこそ、奥行と潤いを持つ。(210ページ)

第一に、救援プログラムを被災者の精神的配慮の視点から組み立て直すこと。被災者の能力を尊重し、被災者の自己決定に向かって援助していかねばならない。災害時の急性ストレス体験をできるだけ表出できるように、災害精神医学的援助を行う。
  第二に、外部から援助に加わりたいと思う人は、被災者の顔の見える交流と援助を創意工夫する。救援の文化は個々人が創っていくものである。まず自分らしい創意があって、経済的援助はそのなかに包含されるべきである。
  そして第三に、援助の最終目標は、人間社会への信頼回復、被災者による新しい地域社会のイメージ形成であることを忘れてはならない。亡くなった人、失った家財は復(かえ)ってこないけれど、災害にもかかわらず、人と人とのつながりはすばらしいと思え、他者の信頼にこたえるためにも自立していきたいと被災者が考えるならば、それは意味ある援助といえる。(212~213ページ)

 

18年前の文章ですが、今も光を放っている文章だと思います。「人間社会への信頼回復」は被災者だけではなく、応援者である私たち自身にも必要な目標でしょう。
  愛知ボラセンは、「人と人とのつながり」がすばらしいと思える状況を、この2年間で創りだしつつあるといえると思います。「救援者役割」に自己陶酔することなく活動を展開し、皆さんとともに「災害救援文化」を創っていきます。

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遅れてしまった報告 第86回現地ボランティア

2013年04月09日 18時53分36秒 | [東日本大震災]宮城県牡鹿半島十八成ボランティア

皆様、こんにちわ

スタッフ石田です。

遅くなりましたが、第86回現地ボランティア活動報告いたします。

 

 くぐなり食堂 86回メニュー

☆ひな祭り企画☆

ちらし寿司

アサリのお吸い物

れんこんの春色揚げ

ほうれん草の白和え

にんじんとりんごの酢の物

雛あられおこし

 

っとなります。

以下調理風景です。

混ぜ物あったり

 

揚げ物あったりっと

 

さて、ちらし寿司、あさりのお吸い物、れんこんの揚げ物、白和え

 

までは、ごく普通のメニューですが

雛あられおこし・・・とはなんぞや?

雛あられおこしとは、溶かしたマシュマロを繋ぎに雛あられを固めた(?)おこし物です

大量のマシュマロを溶かしてそれを雛あられに絡めます

冷えて固まったら出来上がり・・・っというお菓子です。

彩り鮮やか完成写真

写真右上の謎の物体が雛あられおこしです。

一見、謎の物体ですが食べてみるとマシュマロの甘さと雛あられの塩っぽさが

丁度いい感じ

あと、りんごとにんじんの酢の物はりんごりんごりんごにん・・・。

くぐなり食堂にてみんなで頂きました

 

チーム恭一

85回に引き続き、石垣の修理を行いました。

作業風景

今回もチームワークよく仕事が出来ました。

 

心配り活動

今回も、元気にお宅訪問。

とても寒い中でしたが、お茶を頂いたりチョコを頂いたりゆで卵を頂いたり

自分達のほうが多く頂いているのでは?っと思えるほど歓迎していただけました

 

ありがとうございました。

 

命を繋ぐ語りあい

その日、石田は語り合いの風景を写真にとって下さいと

参加者のSさんにお願いしておりました。

撮れた写真

『いい意味で邦子さんが動きすぎて焦点が定まらない』っとメールが入っていました。

それだけ、身振り手振りを含めて熱心に語りかけていてくれたということですね。

 

長いようで短かった一日ですが、

出発式です。

各班の代表者の方に壇上に上がって感想を言っていただきました

 

そして、恒例の全体写真・・・。いつもどおりに携帯のアプリで取ろうと思ったら起動しない・・・。

 

急遽、デジカメをお借りして何とかセルフタイマーを起動

撮れました;

 

外が強風だった為、室内でお見送りを受けて

『携帯持った』

『携帯持った』

『携帯持った』

 

っと自分の中で何度か確認

そうして、くぐなり浜を出発いたしました。

 

 

その後、バスがあおられるほどの強風の中を名古屋へ戻りました

コメント (3)
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【4月13日、20日】ワンコイン・サポーターズ事務作業

2013年04月08日 22時01分59秒 | 震災孤児遺児応援ワンコイン・サポーターズ20,000人プロジェクト

こんばんは。少しご無沙汰でした、スタッフ横井です。

新しい年度になりましたね!
気持ちも新たに、ワンコイン・サポーターズ事務作業のご案内です。

4月13日(土)13時~17時 東別院会館
4月20日(土)13時~17時 東別院会館

 *部屋は入り口のホワイトボードでご確認ください

あると便利な持ち物
 30センチものさし、筆記用具

東別別院会館さんの場所
   google mapで表示する

今回も前回の続きの照合作業、そして一部の方には6月の送金に向けての準備もお手伝い頂きたいと思います。

初めての方も毎回いらっしゃいます。
ちょっとお時間があったら、顔を出してくださいね。

2012年度の応援金申請は3月末で締め切りました。
末日までに集まった応援金を頂いた申請者の数で割って、お一人当たりお贈りできる額を決めます。

またご報告させて頂きますので、しばらくお時間ください。

2013/3/28時点でのワンコイン・サポーターズに
ご登録頂いた方の人数と口数
 
 登録者数  3,305 人
 登録口数  5,643 口

5月以降のワンコイン・サポーターズ 事務作業の予定

5月11日(土) 13時~17時
5月25日(土) 13時~17時
その後も毎月2回 土曜日に活動を継続していく予定です。
5月末~6月中旬にかけて、送金準備のため、活動回数が増える可能性があります。

皆さんにお目に掛かれるのを楽しみにしています。

***********************************

ワンコイン・サポーターズ 企画の説明は →こちらから

ワンコイン・サポーターズの登録は →こちらから
ポスター・リーフレットの掲示、配布にご協力頂ける方は →こちらから
 お問い合わせ内容を「ワンコイン・サポーターズ」を選んでご連絡ください。

東別院さんにもポスターやリーフレットを置かせて頂いています。
スタッフに声を掛けてお持ち帰りください。

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「守られてること」を感じた第89回活動報告

2013年04月07日 17時11分59秒 | [東日本大震災]宮城県牡鹿半島十八成ボランティア

こんばんは

愛知ボランティアセンター
久世です。

【今週の十八成桜】


今回は【守られている】ことを感じた第89回の活動でした。

3月30日(土)、午前5時。福島県国見SAをいつもと同じ時間に出発しました。
3分ほど走ると、東京方面行きの反対車線前方で、トラック同士が追突事故!
2台とも仙台方面の車線に飛び出してしまいました!!
私たちの乗ったバスは、飛び出したトラックのすぐ横を、難なく通過!
直後、東北道は上下線通行止め。
もしも、国見を3分早く出発していたら…。
もしも、国見を3分遅く出発していたら、十八成到着は大幅に遅れていました。

愛知ボラセンの88回の活動を継続して来た方々のバトン、
途絶えてはいけないというボランティアさんの想いで、
きっと私たちは「守られた」のだと思います。

そして帰りも!
松本市まで順調に帰っていました。
が、伊那ICから駒ケ岳ICまで「重大事故による通行止め」に!
ドライバーさんと相談し、塩尻ICから国道19号線を走り、中津川ICから中央道に入りました。
19号線が空いていたこともあって、いつもと同じ午前7時30分に東別院へ到着しました。

「重大事故」とは人身事故をさすそうです。
もしかすると、少しの時間のことで、愛知ボラセンのバスが巻き込まれていたかもしれません。
でも無事に名古屋へ帰ることができました。
本当に感謝の一言です。
「守られている」と思います。

「守られている」と言えば・・・
4月3日(水)、私はた三重県紀宝町浅里地区で、5月に開催されるお祭り実行委員会に参加しました。
夜9時に会議が終わり、名古屋まで240km約4時間のドライブ。
鈴鹿までは順調。あと1時間で名古屋に着けるという所で、
火災による「通行止め」。
前にも後ろにも動けない深夜の大渋滞。
いつ動き始めるかわからないので、寝るわけにもいかず…。
通行止めが解除されたのは、午前3時ごろ。
3時間も待ちぼうけ…。
ですが、その火災現場、私が待ちぼうけしていた場所から1分くらいしか離れていない所!
信号を一個青で進んでいれば、火災に巻き込まれていた!かもしれません。
そうです!無駄な3時間だったのではありません。
私は「守られていた」!!
とってもポジティブな久世です^^;

という事で、前置きが長くなりましたが、89回の活動報告を致します。

今回、なんと上海から参加された中学生とお母さんがいらっしゃいました!
このお二人、名古屋の方ですが、お父さんの仕事の関係で、2年前に上海へ。
愛知ボラセンのことをお知りになり、今回のボランティアのために来日。
月曜日には上海へ帰られました。
総勢42人中、初参加者は30名以上。また今回も新しい風が十八成に届きました。

そんな新しいボランティアさんを前に邦子さんが、
「仲良しの人と一緒に参加していて、活動班が別になってがっかりしている人がいるかもしれないけど、
でもそれはチャンスです。
仲良しと一緒だと、その人とだけ話をしてしまったりで、広い視野は持てません。
違う活動をすることによって、愛知に戻ってから互いの経験を話すこともできます。
皆さんは愛知でなにか災害が起きた時、
リーダーになって、自分と周りの人を助けるためにここに来てくれたのです。
機会は自分で作るものです。
色々な経験を、真剣に、そして楽しめる余裕を持って重ねてください」とアドバイス。
ほとんどの方が頷き、皆さん笑顔で活動開始。

今回の活動
○くぐなり食堂
○こころ配り
○チーム恭一with安吉&文吾
○阿部邦子さんの語り合い
○のれん街

○くぐなり食堂

大根葉ごはん
大根の白みそ汁
たら天の蒲焼き
そうめんチャンプルー
昆布の浅漬け
菜の花としめじの梅和え

    

  

今回は「たら天の蒲焼き」が大好評!
フライヤーの経験者の学生ボランティアさんが
愛情を込めて一個一個丁寧に揚げました。
そして、その味に負けまいと他の料理を担当されていた方々も抜群の味に!

ありがとうございました。

○こころ配り
10回以上参加されている青木先生。先月亡くなられた岩崎陽二郎さんのお宅へ。
「いつもクジラの話しをしていたんだよなー、それが出来なくなるのは寂しいな」と、青木先生。

岩崎さんもいっしょに。

今回も、心を配り、そして心を沢山拾ってきました。
一人一人の活動が十八成の方の心に残っていくと思います。
これからも顔晴っていきましょう。

○チーム恭一with安吉&文吾
「恭一訓練」を今回も実施!
「恭一訓練」とは・・・恭一さんが笛を三度吹いたら、即刻高台に崖をよじ登っても逃げる訓練のことです。
作業中、突然、笛が・・・
みんな真剣に 白山神社の崖をよじ登りました。
みんな、危機感の大事さを、身を持って学べましたね。
でも、恭一さんが一番息を切らしていました…。

    

   


作業は白山神社周辺の木を切りました。
急な斜面の作業のため大変でした。
それでも、あっという間に綺麗になりました。
ありがとうございます。

○阿部邦子さんの語り合い


震災から2年経った今でも、邦子さんは真剣に語りかけます。
「生きるとは…」「津波とは…」「愛情とは…」。
初めて聞いた人、何度も聞いている人、
全員が毎回学んでいます
ありがとうございます。


○のれん街
「プチショップぬまくら」で見つけた地元小学生がデザインしたクジラの缶詰。
小学生の力強い絵。復興への想いを感じました
まとめ買いのボランティアさんも。

そして
「さくらちゃん」の誕生日お祝い会を開催。
桜が咲く季節に生まれたさくらちゃん♪
すてきですね。
皆で「ハッピィバースディ さくらちゃん」と歌を歌いました。
おめでとう。これからも「さくらスマイル」を、お願いしますね。

  
毎回恒例エール
皆が立って手拍子。エールが終わっても余韻が残っていました。


最後は集合写真

 


来週は十八成桜どこまで咲いているか楽しみです。


 

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桜祭り開催します

2013年04月07日 09時57分14秒 | スタッフのつぶやき
おはようございます。( ´ ▽ ` )ノ

スタッフ石田です。

名古屋は晴れましたー。
桜祭り予定通り開催です(=´∀`)人(´∀`=)

皆様のご来場をお待ちしてます( ̄ー ̄)
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桜祭りin東別院

2013年04月07日 09時40分28秒 | イベント出店・出展等のお知らせとご報告

こんにちは、スタッフさえです。

昨日は大荒れでしたが、

今日はうって変わって快晴ですね。テンションあがりますーー!

 

桜祭り開催です!

ボラセンは、今年も【せんべい汁】を販売します。

伊達鶏を使用!

ボラセンシェフ’sによる、おぃしーーいせんべい汁☆

 

ぜひ、遊びに来てください*\(^o^)/*

場所  東別院

時間  10時~15時  ※せんべい汁は、売り切れ次第終了

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東別院 御坊桜祭りについて

2013年04月06日 22時42分45秒 | スタッフのつぶやき
皆様、こんにちは
スタッフ石田です。( ̄▽ ̄)

4月7日午前10時~午後3時まで
東別院にて御坊桜祭りが開催されます。


愛知ボラセンは去年に引き続き、せんべい汁を販売いたします(((o(*゜▽゜*)o)))

が、現在東海地区は爆弾低気圧真っ只中となっております。

今のところ、開催予定となっておりますが実際は当日になってみないとわかりません。( ;´Д`)

また、ブログで告知をさせていただきます。

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活動予定カレンダー