内情を知っていれば、茶番でしかない一連の皇室行事はなるべく観ないようにしているものの、テレビをつければやっているので嫌でも目に入ります。
とっさのことで、名前をメモしそびれたのですが皇太子時代の上皇上皇后の中国訪問に触れて、「命をかけても中国訪問を実現させようと思った」と。
そして次の発言、中国の晩餐会で上皇(当時は天皇)が挨拶したその文言には「不幸な出来事」やら「胸の痛み」やら、その後の日本への反日発言のきっかけともなった要らざる文言があり、これもタイ王室での自虐史観ご挨拶と同様に外務省にいた小和田恒氏と同類の国壊し屋が書いたのかと思っていたのですが、その公使いわく「歴史認識に関する箇所は、天皇陛下(上皇)が自ら書かれました」
「我が国が中国国民に対し多大の苦難を与えた不幸な一時期がありました」「私の深く悲しみとするところ」
改めて、上皇の左翼思想と政治発言を思い知ったのでした。
天皇の政治関与は、憲法で禁じられています。歴史認識は政治発言と違うという異論が予測されますが、他ならぬ中国で「日本が悪かった」というご発言は政治関与です。
そもそも訪中じたいが宮沢喜一政権下、政治的動機で仕組まれたものでした。天安門事件で国際的に孤立した中国を、天皇訪問が救った形でありそれを狙った親中一味が背後にいます。
その公使発言を流した後、テレビは中国における天皇皇后がいかに上海市民に歓迎されたかを流し、訪問がいかに有効であったかを喧伝するのですが、一過性のお祭り騒ぎが冷めれば、元の木阿弥の反日活動再開であり尖閣へ接近してくる中国の現状です。
中国訪問自体は、当時の親中派の売国政治家どもが仕組んだことで両陛下に責任はありませんが、しかしその流れの中で自虐史観を中国で披瀝なさった上皇の責任は重いと言わざるを得ません。
BBがテレビで見た公使は槙田(まきた)邦彦だったかもしれません。
https://www.asahi.com/articles/ASLCZ6550LCZUTIL04V.html?ref=chiezou
「両陛下の訪中は、橋本恕(ひろし)大使が命をかけて実現させた」と、当時駐中国公使だった槙田(まきた)邦彦さん(74)は振り返る。
当時、天皇訪中には、自民党内の保守派を中心に「天皇の政治利用だ」「謝罪外交ではないか」などとして、強い反対の声があった。
衆院議員だった石原慎太郎氏は「文芸春秋」92年10月号に「多くの国民の不安」の題で寄稿し、「憲法違反の恐れ」に言及している。「この御訪中の目的が、日本としての最強の切り札を使って従来の日中関係に片をつけ、時代を区分するためというなら、それは明らかに外交の案件であって、『政治』以外のなにものでもなく、憲法に決められている『象徴』としての天皇の規範を逸脱するものであって、天皇をして、陛下が日頃遵守(じゅんしゅ)するといわれている現行憲法に違反する行為をとらしめる恐れがある」
・・・・・転載ここまで
そして「陛下が日頃遵守するといわれている現行憲法に違反する行為をとらしめる」という石原慎太郎氏の痛烈な一言。
憲法改正派の石原慎太郎氏は、訪中を仕組んだ輩を撃ちながら、むろん言外にGHQ押し付け憲法遵守を折りに触れ語られ、その実言葉に矛盾する政治発言をなさる天皇批判をしているのですが、当の天皇の中国行きはご自身の選択によるものではなく政権に行かされたのですが、しかし晩餐会のご発言がご自分の作文であるなら、積極的に中国を利する発言をなさったと言わざるを得ません。
槙田邦彦は外務省チャイナスクールで、やっぱりね、というところ。台湾の李登輝総統の来日を阻止して「万死に値する」と安倍晋三官房副長官を激怒させた売国さん。拉致被害者より、北朝鮮との関係が大事と言い放った男。
「(拉致された)たった10人のことで日朝正常化が止まっていいのか」(11年12月、アジア局長に内定していた槙田邦彦が自民党の会合で言い放った言葉)
河野洋平の言っていたことのなぞり。
私事では、三度の結婚経験者で二度目の妻から家庭内暴力と愛人問題を告発され、三度目の妻はダブル不倫に苦しめています。
韓国人ホステスとの焼き肉デートを報道されたことも。
こんな男が、テレビで堂々と賛美する上皇って何なのか、中国でわざわざ自虐史観を自ら披露なさるお方とは何なのかとそれを退位・即位で浮かれている皆さんにはよく考えて欲しいと思います。
繰り返し続けますが、「生前退位」は憲法違反、皇室典範違背でありこれ以降、皇室はやり放題です。
追記 退位後即、「お忍び」でテニスコートご訪問。カメラマン引き連れてどこがお忍び。退位早々出歩かれ、どこが退位。今後もこのパターンは続くでしょう。
感謝を込めて、レポートです。
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祓え給い、清め給え、神(かむ)ながら守り給い、幸(さきわ)え給え