今日関西でこんなことがありました。
電車に乗った時は席が空いてたのでパソコンを開いてブログを書いていました。だんだん混雑してきました。ある大きな駅で聴覚障害の方が夫婦で?乗られました。乗降が落ち着いて席は一つ空いてました。まだそんなに高齢な方々でもないのでそのままいましたら、夫婦で譲り合ってました。どうもご主人のほうが足が悪いようでした。それがわかった瞬間、ある婦人が立ってお二人とも座るように促しました。一瞬でしたがパソコンを開いていたので出遅れました。
すると2、3先の駅に着いた時に腰が曲がったばあちゃんが乗ってきました。あっと思った瞬間に先ほどの聴覚障害をもつお二人が同時に立とうとしました。今度はパソコンをしまっていたのでわたしのほうが早く、「いいからいいから」と二人に伝えてばあちゃんに席を譲りました。しばらくそのまま数駅過ぎて例のお二人が降りる用意をしています。お互いニコリとしましたが奥さんのほうが「ここへお座りなさい」と言うようにわたしを招きます。こちらもごく自然に「わかりましたありがとう」と言って座りました。
この間20分程でしょうか?車内はそれなりに混んでいたのですがこの4、5人以外は風景のように動かずというか動じないというべきか?関西の普通列車に乗ったのも久しぶりでしたが東峰村で過ごしている田舎人にはあらためて都会らしい?光景でした。東京に住んでるときもこのような状況は同じでしたが今は東峰村生活が普通になっているので前よりも余計に異常な光景に見えたのでしょう。
もう20年以上前のことですが住民ディレクター発祥の地、人吉球磨地方の20代の青年が都会から帰ってつぶやいていました。「都会ではじいちゃんばあちゃんが可哀想だ。」と。そうこの年寄りを大事にする気持ちも住民ディレクターの基本精神です。