真っ暗闇の海に、サバ漁船のいさり火が揺れている。
その幻想的な美しさに見惚れていた耕一は、突然、あの夜のことを思い出した。
あの日は、寒い冬の夜だった。
空に、きれいな月がかかっていた。
お寺に預けられていた耕一が、館山にあった工場社長の家に養子に行って間もない夜のことである。
当時12歳だった耕一は、養父にこっぴどく叱られて、外に出された。
「おまえのような奴は勘当だ!」
養父はそう怒鳴って、耕一を家の外へ突き出し、玄関の鍵を締めた。
耕一の生意気な態度が、養父の癇に障ったのかも知れない。
外に放り出された耕一は、突然のことで、どうして良いか分からない。
しばらく玄関の前で中の様子を窺っていたが、家の中の電気が消されて真っ暗になった。
養父母はもう寝るつもりらしい。
耕一は、納屋へ行って寝ることにした。
納屋に藁(わら)が積んであったので、その中に入って寝ようと思った。
耕一が、藁を掻き分けていると、納屋の入り口で自分を呼ぶ小さな声がした。
「こうちゃん」
驚いて後ろを振り返ると、女中の梅さんがロウソクを持って立っていた。
「こうちゃん、こんな所で寝ちゃ風邪ひくよ。こっちへ来な」
梅さんは、耕一の手を取ると、納屋を出て勝手口から家の中へ入った。
《俺をどこへ連れていくのか・・・》
そう思いながら梅さんの後を付いて行くと、彼女は自分の寝室である女中部屋へ耕一を招き入れた。
「こうちゃん、今夜は私と一緒に寝ましょ」
彼女は、小声でそう云うと、一枚しかない煎餅布団を敷き、耕一を布団の中へ入れた。
梅さんは、当時、24、5歳であった。今が盛りの若い女である。
耕一は12歳とはいえ、異性を意識し始める年頃であった。
その二人が、一つの布団でこれから寝ようとしている。
耕一の頭の中は真っ白になった。こんなところを養父母に見つかったら、それこそ大変なことになる。
布団に入った耕一は、身体を硬くして、梅さんを背にして眠ったfりをした。
やがて、梅さんが布団に入ってくる気配がした。
そして、柔らかく温かい手が耕一の背中をさすってきた。
「大丈夫よ、何も心配することはないわ。静かにしていれば誰にも分からないんだから」
そう云いながら、彼女は耕一の冷えた身体を後ろから優しく抱き始めた。
耕一の耳元で、梅さんの熱い息遣いがした。
続く・・・・・・。