夏子が住むその家は、車通りの多い県道沿いに建っていた。
その県道をはさむ広大な土地は、千倉で指折りの地主の敷地であり、その地主は材木商などを営む資産家であった。
夏子は、その資産家の娘であった。
その夏子がどうして雑貨屋などやっているのか・・・・・。
夏子は出戻り女であった。
嫁ぎ先から離縁されて、子連れで実家に帰ってきたという。
余程のことがなければ、千倉一の資産家の娘が離縁などされるものではないが、余程のことがあったのだろう。
彼女は5歳になる子供を連れて実家に戻ってきた。
戦後のその当時、働き盛りの男の多くは戦死しており、女性が良縁を得ることは難しかった。
従って、子連れの出戻り女が再婚できる可能性はほとんどなかった。
そんな娘のために、資産家の父親は県道沿いの敷地に家を一軒建て、雑貨屋として生計を立てるよう面倒みたのだった。
雑貨屋は「一文商い屋」とも云われ、素人でもできる商売であった。
田舎街のその小さな雑貨屋は、地元で取れた季節の野菜や果物なども売っていた。
仕事が無かった日の午後、耕一はその雑貨屋の前を通りかかった。
店先に、おいしそうな柿がダンボール箱に入れられて売られていた。
柿は耕一の大好物であった。
《買っていってどこかで食べようかな・・・》
耕一は、立ち止まって柿を手にとってみた。
すると、店の中から女の声がした。
「お兄さん、その柿とてもおいしいよ。オマケしてあげるから買っていって頂戴な」
耕一は、ザルに柿を数個入れて、店の中に入って行った。
「あら、あんた、もしかして房丸の機関長さんかい?」
店の女がそう云った。
千倉の町では、耕一は既にかなりの有名人であった。
「ええ、そうですけど・・・」
いつものことなので、耕一は特段気にする事もなく応じた。
「あらあら、まあまあ、機関長の耕一さんかい。噂では聞いていたけど、あんた良い男だね・・・」
「・・・・・・」
「その柿、ぜんぶ持ってっていいわよ。今日は、私のプレゼント」
「いやいや、そういう訳には・・・・」
「いいからいいから。それよりあんた、今まで色々と苦労したんだってねぇ。横浜の話も噂で聞きたいわょ。今お茶を入れるからさぁ、すこしゆっくりしていきなよ」
耕一は、女に手を取られ、店の奥の居間に連れて行かれた。
昼寝をしていた女の子が、目を覚まして急に泣き始めた。
それが、夏子との初めての出会いであった。
ここにも、暗い過去を背負った、寂しい思いをしている女がいたのだ。
そして、その寂しさに人一倍共鳴する男がそこにいた。
続く・・・・。