智子は、大きな澄んだ瞳で耕一を見つめながら云った。
「耕一さんは、お暇な時は何をしていらっしゃるのですか?」
「まあ、色々だね」
耕一はタバコを吸いながらボソッと云った。
耕一は、智子のような若い女が苦手であった。
苦手というか、話をしていてもドキドキしないのである。
穢れを知らぬ、苦労知らずの智子のような箱入り娘には、全く興味が湧かないのだ。
相手がいくら美人で愛嬌があっても、心のどこかが覚(さ)めていた。
耕一と智子はほぼ同年代であったが、その育ってきた環境はあまりにも違い過ぎた。
天蓋孤独の耕一は、12歳で女を知った。
そして18歳で横浜の遊郭で女と生活した。
短期間とは云え、ヤクザの世界にも足を踏み入れた。
そんな男が、世間知らずの小娘と話をしていても面白いわけがない。
耕一は、智子と目を合わそうともしなかった。
だが、そんな二人に関係なく、海の男達の宴会は次第に賑やかになって行った。
酒に酔って良い気分になった船頭が、得意の歌を唄い始めた。
千倉の海祭りの歌だった。
女将さんが歌に併せて、合いの手を入れると、他の男達も手拍子をしながら唄い始めた。
すると、上半身裸になった若い男が、座敷の真ん中へ出て踊り始めた。
陽気に踊り始めたのは、あの末松だった。
他の若い男達も、つられて踊り始めた。
やがて、踊りの中心にいた末松が、次第に智子に近づいて行った。
智子がアレッという顔をした。末松に気が付いたようだ。
「やあ智ちゃん、久しぶりだなぁ。えらいベッピンさんになったなぁ。俺達と一緒に踊ろうぜ」
酒に酔った海の男末松は、気が大きくなってしまったようだ。
踊りながら近づいてくる末松を、智子は呆れ顔で見つめていた。
「おい末松、いい加減にしろ! あんまり調子に乗るんじゃねえぞ」
それまで赤い顔で歌を唄っていた船頭が、突然唄うのを止めて怒鳴った。
「親父さん、すんません。若い衆が羽目を外しちまったようで・・・・」
船頭は船主に謝ると、末松達の方を向いて云った。
「今日は船主さんのお陰で、すっかり良い気分にさせてもらったな。今夜はこれでお開きとさせて頂くぞ。まだ飲み足りない奴は俺について来い。街へ繰り出すぞ」
そんな海の男達の様子を、耕一は覚めた目で眺めていた。
続く・・・・・。