4月から6月にかけての、春季出漁期間が終わった。
出漁期間が終わると、船主から船の乗組員(漁師)達に報酬が配られる。
その報酬は、出漁期間の漁獲高(売上金)によって決まる。
山本船長の房丸は、千倉漁港の船の中では一番の水揚げ量であったから、房丸の漁師達は応分の報酬が貰えることになる。30余名の海の男達が嬉々として船主の屋敷に集まって来た。
広い座敷の床の間を背にして、船主が上機嫌で座っていた。
彼の頭上には、大きな大漁旗が張られている。
船主の横で、番頭が帳簿を確認しながら、畳の上に札束の山を作っていた。
真ん中に一番高い山があった。山本船頭の取り分だ。
その右横に、船頭の三分の一くらいの山が作られていた。機関長である耕一の取り分である。
その他の漁師達の山は、耕一の半分程度であった。
因みに、その時の船主の取り分は、水揚げ収入全体の4割であった。
従って、船頭以下乗組員の取り分は、残りの6割ということになる。
その6割を、皆で山分けするのである。
番頭が札束の山を並べ終えると、船主が立ち上がって挨拶をした。
「皆の衆、大変にご苦労であった。今年の春の漁は、天候にも恵まれ、また、潮の流れも良く、お陰で大漁であった。春サバは東京の市場でいい値で売れたので、満足のいく収入となった。
これから、番頭から手当てを配ってもらうが、前借している者の分は差っ引いてあるから、そのつもりでいてくれよ。
それから、お酒と料理を用意させてあるから、今晩はゆっくりしていってもらいたい」
船主の挨拶が終わると、番頭が報酬を配り始めた。
「それでは山本船頭からです。大変にご苦労様でございました。また秋の漁には宜しくお願い致します」
番頭が平伏して、一番高く詰まれた札束の山を船頭に渡した。
「これでしばらくのんびりできるよ。女房と草津温泉にでも行ってくるかな。
まあそれにしても、新しい機関長が良く働いてくれたので、船のトラブルもなく良い漁だった」
船頭は、横にいた耕一の肩を笑顔でポンポンと叩きながら、札束を紙袋に入れた。
突然、若い男が大きな声を出した。
「おい、番頭さんよ。俺の取り分はこんなに少くねえのかよ。ちょっと帳簿を見せてくれ」
「末松さん、あんたには前貸金がこんだけあるんだぜ。利息は取ってねえから有り難く思え。これからは、あんまり夜遊びしねえこったな」
番頭が帳簿を見せながら、若い男に云った。
その他にも、前借した男が数人いて、帳簿とにらめっこしながら、少ないお札を真剣な顔で数えていた。
皆に手当ての分配が終わると、奥座敷の襖がサッと開いた。
「さあさあ皆さん、お酒の用意ができましたよ。今夜はパーとやりましょう!」
船主の女将さんが明るい声で、海の男達を奥座敷に招き入れた。
「船頭さんと機関長、こっちへどうぞ」
床の間を背に座っていた船主が、二人に声をかけた。
船主の脇には、一人娘の智子が艶やかな着物姿で座っていた。
続く・・・・・。