千倉漁港には色街があった。
出漁期間が終わる頃になると、その色街がにわかに活気づく。
懐が温かくなり、酒に酔って浮かれた海の男達の足は、そんな色街へ向かうことになる。
山本船頭に誘われた房丸の男達も、気勢をあげて色街へ繰り出した。
それは、海の男達にとって、辛い仕事の後の最大の楽しみでもあった。
色街をふらつくそんな男の中に、耕一の姿もあった。
耕一がくわえタバコで歩いていると、夜の女達が盛んに声をかける。
「あら、房丸の機関長さんじゃないの。いつ見ても良い男ねぇ。ちょっと遊んでいかない?」
上等な服を着て、悠然と歩く耕一の姿は、色街では一際目立った。
その姿は「銀流しの耕一」と呼ばれた。
声をかける女達を横目で見ながら、耕一はブラブラと歩いていたが、気勢をあげて騒いでいた仲間達は、いつしか遊郭の暗闇へと消えていた。
だが、銀流しの耕一は、こんなところで遊ぶつもりはなかった。
彼の足は、色街を抜けて、雑多な店が軒を並べる商店街へと向かった。
夜もふけた商店街は、食堂と飲み屋以外は電気が消えて静かであった。
その商店街を過ぎた外れに、一軒の小さな雑貨屋があった。
耕一は、その雑貨屋の前で足を止めると、辺りの様子をうかがいながら裏の勝手口へ回った。
勝手口には、小さな明かりが灯っていた。
家の中からは、物音ひとつ聞こえない。
耕一は、勝手口のドアを静かに開けて中に入った。
すると、二階の寝室に電気が灯り、人の動く気配がした。
「夏子さん、いるかい?」
耕一は、二階に向かって声をかけた。
「耕ちゃん、遅かったじゃない。もう寝ようかと思っていたところよ」
と、寝巻きの胸元を合わせながら、三十半ばの女が階段を下りてきた。
夏子が千倉での耕一の新しい女であった。
続く・・・・。