クロの里山生活

愛犬クロの目を通して描く千葉の里山暮らしの日々

耕一物語ー千倉の女

2014-11-14 21:37:25 | 物語

千倉漁港には色街があった。

出漁期間が終わる頃になると、その色街がにわかに活気づく。

懐が温かくなり、酒に酔って浮かれた海の男達の足は、そんな色街へ向かうことになる。

山本船頭に誘われた房丸の男達も、気勢をあげて色街へ繰り出した。

それは、海の男達にとって、辛い仕事の後の最大の楽しみでもあった。

 

 

色街をふらつくそんな男の中に、耕一の姿もあった。

耕一がくわえタバコで歩いていると、夜の女達が盛んに声をかける。

「あら、房丸の機関長さんじゃないの。いつ見ても良い男ねぇ。ちょっと遊んでいかない?」

上等な服を着て、悠然と歩く耕一の姿は、色街では一際目立った。

その姿は「銀流しの耕一」と呼ばれた。

声をかける女達を横目で見ながら、耕一はブラブラと歩いていたが、気勢をあげて騒いでいた仲間達は、いつしか遊郭の暗闇へと消えていた。

だが、銀流しの耕一は、こんなところで遊ぶつもりはなかった。

 

彼の足は、色街を抜けて、雑多な店が軒を並べる商店街へと向かった。

夜もふけた商店街は、食堂と飲み屋以外は電気が消えて静かであった。

その商店街を過ぎた外れに、一軒の小さな雑貨屋があった。

耕一は、その雑貨屋の前で足を止めると、辺りの様子をうかがいながら裏の勝手口へ回った。

勝手口には、小さな明かりが灯っていた。

家の中からは、物音ひとつ聞こえない。

耕一は、勝手口のドアを静かに開けて中に入った。

すると、二階の寝室に電気が灯り、人の動く気配がした。

「夏子さん、いるかい?」

耕一は、二階に向かって声をかけた。

「耕ちゃん、遅かったじゃない。もう寝ようかと思っていたところよ」

と、寝巻きの胸元を合わせながら、三十半ばの女が階段を下りてきた。

 

 

夏子が千倉での耕一の新しい女であった。

 

 

続く・・・・。

 

 

 

 

 

 

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耕一物語ー末松の踊り

2014-11-12 22:51:14 | 物語

智子は、大きな澄んだ瞳で耕一を見つめながら云った。

「耕一さんは、お暇な時は何をしていらっしゃるのですか?」

「まあ、色々だね」

耕一はタバコを吸いながらボソッと云った。

 

耕一は、智子のような若い女が苦手であった。

苦手というか、話をしていてもドキドキしないのである。

穢れを知らぬ、苦労知らずの智子のような箱入り娘には、全く興味が湧かないのだ。

相手がいくら美人で愛嬌があっても、心のどこかが覚(さ)めていた。

耕一と智子はほぼ同年代であったが、その育ってきた環境はあまりにも違い過ぎた。

 

天蓋孤独の耕一は、12歳で女を知った。

そして18歳で横浜の遊郭で女と生活した。

短期間とは云え、ヤクザの世界にも足を踏み入れた。

そんな男が、世間知らずの小娘と話をしていても面白いわけがない。

耕一は、智子と目を合わそうともしなかった。

 

 

だが、そんな二人に関係なく、海の男達の宴会は次第に賑やかになって行った。

酒に酔って良い気分になった船頭が、得意の歌を唄い始めた。

千倉の海祭りの歌だった。

女将さんが歌に併せて、合いの手を入れると、他の男達も手拍子をしながら唄い始めた。

すると、上半身裸になった若い男が、座敷の真ん中へ出て踊り始めた。

陽気に踊り始めたのは、あの末松だった。

他の若い男達も、つられて踊り始めた。

やがて、踊りの中心にいた末松が、次第に智子に近づいて行った。

智子がアレッという顔をした。末松に気が付いたようだ。

「やあ智ちゃん、久しぶりだなぁ。えらいベッピンさんになったなぁ。俺達と一緒に踊ろうぜ」

酒に酔った海の男末松は、気が大きくなってしまったようだ。

踊りながら近づいてくる末松を、智子は呆れ顔で見つめていた。

 

 

 

「おい末松、いい加減にしろ! あんまり調子に乗るんじゃねえぞ」 

それまで赤い顔で歌を唄っていた船頭が、突然唄うのを止めて怒鳴った。

「親父さん、すんません。若い衆が羽目を外しちまったようで・・・・」

船頭は船主に謝ると、末松達の方を向いて云った。

「今日は船主さんのお陰で、すっかり良い気分にさせてもらったな。今夜はこれでお開きとさせて頂くぞ。まだ飲み足りない奴は俺について来い。街へ繰り出すぞ」

 

そんな海の男達の様子を、耕一は覚めた目で眺めていた。

 

  

 

 

続く・・・・・。

 

 

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耕一物語ー智子

2014-11-10 21:02:28 | 物語

船主の一人娘智子は、千倉でも評判の美人であった。

美人であっただけではない、気が利いて愛嬌があった。

高等女学校を出たばかりの智子は、千倉の若い男達の憧れの的だった。

 

 

その智子が、好奇心一杯の目を輝かせながら耕一を見つめている。

耕一はその眼差しに気づいていたが、わざと気づかないふりをして、ポケットからタバコを取り出して火を付けた。

「智子、耕一君にお酌をして差しあげなさい」

二人の様子を横目で見ていた父親が、娘にそう云った。

智子はにっこり微笑んで、熱燗の徳利を手に取ると、

「機関長、お疲れ様でした。一杯いかがですか」

と、耕一に勧めた。

「どうも・・・」

耕一は無愛想に杯を受けた。

智子は怪訝な顔をして、耕一を見た。

「どこかお体の具合が悪いのですか?」

「いや、そういうわけではないけど・・・」

 

 

その様子を、座敷の末席に座って、お酒を飲みながらチラチラと見ている若い男がいた。

借金をして、泣きそうな顔をしていた末松だ。

末松と智子は、小学校の同級生だった。

貧乏な漁師の倅で、腕白小僧だった末松は、ある時、智子に意地悪をして泣かせてしまった。

本当は、優しくして仲良くしたかったのだが、腕白小僧は照れくさくてそんなことはできないのだ。

その日の夜、末松は父親にこっぴどく叱られた。

「バカ野郎! 船主様の大事なお嬢さんを、いじめて泣かすとはなんということだ! あのオヤジさんの機嫌を損なって、房丸に乗れなくなったら、俺達は食って行けなくなるんだぞ。二度とあのお嬢さんにはチョッカイ出すな!」

末松はそれがトラウマになって、その日以降、智子には近づけなくなったのだ。

 

 

あれから10年近くが経った。

中学を卒業して漁師になった末松は、もう逞しい一人前の漁師になっていた。

そして、船主屋敷での宴席に、末席とは云え参加させてもらえるようになった。

その宴席に、末松が少年の頃から憧れていた智子が座っている。

すっかり女っぽくなった智子の姿を見ているだけで、末松の心は天にも昇る思いであった。

智子と話すチャンスはないだろうかと、その姿を追いながら、末松は酒を飲んでいた。

《だが、それにしても、機関長の智子に対するあの態度はどうしたことだ。もっと嬉しそうな顔をしても良いはずだが・・・」

末松も怪訝な思いで、耕一の顔を見た。

 

 

続く・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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耕一物語ー分け前

2014-11-06 16:30:10 | 物語

4月から6月にかけての、春季出漁期間が終わった。

出漁期間が終わると、船主から船の乗組員(漁師)達に報酬が配られる。

その報酬は、出漁期間の漁獲高(売上金)によって決まる。

山本船長の房丸は、千倉漁港の船の中では一番の水揚げ量であったから、房丸の漁師達は応分の報酬が貰えることになる。30余名の海の男達が嬉々として船主の屋敷に集まって来た。

広い座敷の床の間を背にして、船主が上機嫌で座っていた。

彼の頭上には、大きな大漁旗が張られている。

船主の横で、番頭が帳簿を確認しながら、畳の上に札束の山を作っていた。

真ん中に一番高い山があった。山本船頭の取り分だ。

その右横に、船頭の三分の一くらいの山が作られていた。機関長である耕一の取り分である。

その他の漁師達の山は、耕一の半分程度であった。

因みに、その時の船主の取り分は、水揚げ収入全体の4割であった。

従って、船頭以下乗組員の取り分は、残りの6割ということになる。

その6割を、皆で山分けするのである。

 

 

番頭が札束の山を並べ終えると、船主が立ち上がって挨拶をした。

「皆の衆、大変にご苦労であった。今年の春の漁は、天候にも恵まれ、また、潮の流れも良く、お陰で大漁であった。春サバは東京の市場でいい値で売れたので、満足のいく収入となった。

これから、番頭から手当てを配ってもらうが、前借している者の分は差っ引いてあるから、そのつもりでいてくれよ。

それから、お酒と料理を用意させてあるから、今晩はゆっくりしていってもらいたい」

船主の挨拶が終わると、番頭が報酬を配り始めた。

「それでは山本船頭からです。大変にご苦労様でございました。また秋の漁には宜しくお願い致します」

番頭が平伏して、一番高く詰まれた札束の山を船頭に渡した。

「これでしばらくのんびりできるよ。女房と草津温泉にでも行ってくるかな。

まあそれにしても、新しい機関長が良く働いてくれたので、船のトラブルもなく良い漁だった」

船頭は、横にいた耕一の肩を笑顔でポンポンと叩きながら、札束を紙袋に入れた。

 

 

突然、若い男が大きな声を出した。

「おい、番頭さんよ。俺の取り分はこんなに少くねえのかよ。ちょっと帳簿を見せてくれ」

「末松さん、あんたには前貸金がこんだけあるんだぜ。利息は取ってねえから有り難く思え。これからは、あんまり夜遊びしねえこったな」

番頭が帳簿を見せながら、若い男に云った。

その他にも、前借した男が数人いて、帳簿とにらめっこしながら、少ないお札を真剣な顔で数えていた。

 

皆に手当ての分配が終わると、奥座敷の襖がサッと開いた。

「さあさあ皆さん、お酒の用意ができましたよ。今夜はパーとやりましょう!」

船主の女将さんが明るい声で、海の男達を奥座敷に招き入れた。

「船頭さんと機関長、こっちへどうぞ」

床の間を背に座っていた船主が、二人に声をかけた。

船主の脇には、一人娘の智子が艶やかな着物姿で座っていた。

 

 

 

 

続く・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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耕一物語ーいさり火

2014-11-04 21:18:49 | 物語

 

梅も寂しい思いをしていたのであろう。

女の24歳と云えば、その当時はもう嫁に行っている年頃である。

子供の一人や二人はいる年だ。

嫁の貰い手もなく、女中奉公をしなければならない自分の身を、夜な夜な思い悩んでいたのであろう。

そこへ、利発そうな可愛い男の子が現れた。

自分の弟のような、その少年の生い立ちを聞いて、梅は心から彼を不憫に思ったに違いない。

その子供が、厳しい養父に怒られて、夜中に寒い外へ放り出されてしまった。

「可哀想に・・・」と、梅は思った。

そして、思わず耕一を自分の部屋に引き入れ、そして一緒に寝ることになってしまったのだ。

耕一の冷えた身体を、自分の身体で温めているうちに、若い女の欲情が突然目を覚ましてしまった・・・・。

恵まれぬ人生を生き、寂しい思いをしている二人が、お互いの暗く深い心の闇を慰め合いながら、寒い月夜の晩に抱き合うことになってしまったのだ。

 

 

それはやはり、女神様の御計らいであったのかも知れない。

 

 

「機関長! 発電機がダウンしそうだぞ!」

いさり火を眺めながら、少年の日の月夜の思い出に耽っていた耕一は、漁師の叫び声で我に返った。

集魚灯に、電気を送り続けている発電機が、異常音を発していた。

腕時計を見ると、時計の針は夜中の12時を回っている。

20数本の集魚灯に、6時間以上も電気を送り続けている老朽化した発電機が、悲鳴を上げているのだ。

耕一は、こんな事もあろうかと思い、 あらかじめ整備していた予備発電機を稼動させた。

集魚灯の明かりが煌々と輝く中で、サバを釣り続ける房丸(ふさまる)の30人近い漁師は、握り飯をほうばりながら、釣竿を更に振り続けた。

この夜も、山本船頭の房丸は大漁であった。

 

明け方近くまでサバを釣り上げ続けた房丸は、昇る朝日を背に、大漁旗を翻して千倉漁港に向かった。

漁港で水揚げされたサバのほとんどは、仲買人の手配したトラックに積み込まれ、一路、東京の築地市場へと運ばれる。

魚を積んだ10台近くの小型トラック部隊は、房総半島の狭い砂利道を、砂塵を上げて突っ走った。

 

 

 

 

 続く・・・・・。

 

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