Georges Moustaki - L'homme au cœur blessé (1973)
仲間たちはどこへ消えたのか
共に闘った仲間たち
苦しいストライキを闘いぬいた仲間たち
弾圧に耐えていた仲間たち
苛酷な3交替と灼熱地獄の中にいた仲間たち
「傷心の男」を聴くたびに21年9カ月の大久保製壜闘争の最後の勝利の場面にはいなかった仲間たち、すでに戦線から離れた実に多くの仲間の顔を想いだします。
戦前・戦後・世界中の労働運動の歴史は100回倒れたら100回立ち上がる積み重ねの歴史です。そうして戦線に踏みとどまり、歯を食いしばり闘い続ける仲間たちこそがまた歴史を作ってきました。彼らこそがこの歌「傷心の男」を歌います。
傷心の男L'homme au cœur blesseジョルジュ・ムスタキ
訳詞は先日亡くなった「ああ」さんです。
(ああChanson Cri
http://blog.livedoor.jp/aara/)
傷心の男
日に日を接いで、その日々には
見棄てられた人生が残されるのみ
傷ついた男が庭に佇む
草は焼かれ、花もない
木は死に、もはや伸びることもなく
彼の苦痛の果実があるのみ
彼の家の四つの壁さえ
唯一の避難所ではない
仲間たちはどこへ消えたのか
かれらの笑いと歌とともに...?
仲間たちはどこへ消えたのか
かれらの笑いと歌とともに...?
時に涙が流れる
草は思い出に燃えてしまった
だけど、彼を暖めることができるのはどんな太陽だろうか
はたして、そんな日々は来るのか...?
彼の家の四つの壁さえ
唯一の避難所ではない
仲間たちはどこへ消えたのか
かれらの笑いと歌とともに...?
仲間たちはどこへ消えたのか
かれらの笑いと歌とともに...?
(訳:ああ)
「ああ」さんは、この曲を紹介したブログの中で、「加藤登紀子によると、ムスタキの初来日時(1973年)にムスタキにあった際に、ムスタキに『私の夫は政治犯として囚われている』と言うと、ひどく同情してくれたという。そして、『わたしはあなたの"L'homme au cœur blesse"を日本語の詩をつけて歌っている』と伝えると、ムスタキは『もし、あなたがギリシャに行くことがあるならば、この曲は歌わないほうがいい。この曲は、人々の軍事独裁の悲しみと深く結びついている。この曲は歌わないほうが無難だ』と言った、とラジオ番組で回想していました。80年代の終わりごろに加藤がムスタキと再会した際、『旦那さんはまだ獄中に?』と聞かれ、とっくに出ていたのに少し可笑しかったとも。『ムスタキさんは、素晴らしい人格の人でした』と。」と書いています。
http://blog.livedoor.jp/aara/archives/52062198.html