『桃太郎』作:芥川龍之介 朗読:窪田等
むかし話『桃太郎』と芥川龍之介の『桃太郎』について
戦前の尋常小学校の国定教科書には、むかし話『桃太郎』が載っていました。桃から生まれた桃太郎は、やさしいおじいさん、おばあさんに育てられ、鬼ヶ島へ鬼退治に出征します。途中出会ったイヌ、サル、キジにきび団子をあげて家来にし、鬼ヶ島で鬼退治をして鬼の財宝を持ち帰り、郷里に凱旋するという有名な童話物語です。い . . . 本文を読む
上・朝鮮労農大会準備会「宣言」1923.9.28
1924年朝鮮人労働者の運動 (読書メモ)参照 「日本労働年鑑」第6集/1925年版 大原社研編 「植民地朝鮮と日本」趙景達著 岩波新書 「社会・労働運動大年表Ⅰ」大原社研編 労働旬報社
社会局の発表では、1924年5月1日現在では、移入朝鮮人は89,042人であり、前年より9,027人増加している。大阪に3万人、福岡1万人、兵庫6千人で . . . 本文を読む
上・このような農民や労働組合のポスターやビラも「不穏文書」とされ、取締の対象とされたのではないでしょうか
言論抑圧のすさまじさ ! 不穏文書の取締 1924年の労働運動 (読書メモ)参照「日本労働年鑑」第6集/1925年版 大原社研編
「日本労働年鑑」第6集に、1924年における「第四部 社会思想家の運動」があり、その中に「第四 不穏宣伝ビラ不穏文書」の取締状況の一覧 . . . 本文を読む
上・1924年総同盟大会「本部会計発表の中止とその理由」
政府から総同盟に提供された6万円事件 1924年の労働運動 (読書メモ)参照「協調会史料」 「日本労働年鑑第6集/1925年版 大原社研編 「評議会闘争史」野田律太著 1931年(昭和6年)中央公論社(国立国会図書館デジタルコレクション) https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1444003 「 . . . 本文を読む
上・総同盟1924年大会「傍聴者名」堺利彦、山崎今朝治、徳田球一、杉浦啓一、山内みな、赤松克磨、三田村四郎、野坂参三・・・
総同盟の「現実主義」への「方向転回」と左右抗争 1924年の労働運動 (読書メモ)参照「日本労働年鑑」第6集/1925年版 大原社研編 「日本労働組合物語大正」 大河内一男・松尾洋著 「協調会史料」
1924年総同盟大会 「現実主義」への「方向転換」 前年関東大震災に . . . 本文を読む
野田律太さんの「労働運動実践記」 (読書メモ)
参照「労働運動実践記」野田律太1936年11月発行(国立国会図書館デジタルコレクション)https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1438269/1
野田律太さんは、1920年代、30年代の真っただ中で労働運動に奮闘なさった大先輩です。とりわけ、今学習している1924年の日本労働総同盟大会からはじまる総同盟の右傾化 . . . 本文を読む
労働組合攻撃の武器とされたクローズド・ショップ制! 川北電気製作所の我が国初めての団体交渉権公認 1924年の労働運動 (読書メモ)参照 協調会史料
川北電気製作所で我が国初めての団体交渉権公認の協定!
(我が国初めての団体交渉権公認) 1924年9月4日、大阪市の川北電気製作所は「純向上会(八木会長派)」との間で、我が国初めての団体交渉権を公認する協定を結んだ。純 . . . 本文を読む
麻生久の「メーデー来たる」 1924年のメーデー (読書メモ)
東大卒業後、ロシア革を支持した麻生久は、友愛会に入り、友愛会を労資協調から戦闘的労働組合へと発展させていきます。また自ら日立銅山などの現場労働者の中に入り、熱心なオルグを行い、ついに全日本鉱夫総連合会を設立し、足尾銅山・日立銅山・夕張炭鉱などで激烈なストライキを指導し、労働者の勝利と敗北を経験します。麻生は全国の鉱山労働者から熱烈 . . . 本文を読む
1924年大阪メーデー天王寺公園付近
全国各地のメーデーのまとめ 1924年メーデー (読書メモ)参照 「日本労働年鑑」第6集/1925年版 大原社研編
今まで、千葉野田、神戸、名古屋、大阪、東京の各メーデーを紹介してきましたが、それ以外の全国各地のメーデーをまとめて報告します。
横浜 横浜では、かねてからメーデーの屋外集会が禁止されていたが、この年、横浜沖仕同盟会が主催して横浜メーデーが . . . 本文を読む
〈諸君はブルジョア階級の奸策にだまされてはならない〉東京メーデー 1924年メーデー (読書メモ)参照 「日本労働年鑑」第6集/1925年版 大原社研編 「協調会」史料
官憲の事前の取締り「協調会史料」(上)によると官憲は、メーデー挙行に対し、労働組合側のメーデー準備委員会メンバー9名を警視庁に出頭させ、細かく . . . 本文を読む
大阪メーデー 1924年メーデー(読書メモ)参照「日本労働年鑑」第6集/1925年版 大原社研編 「協調会」史料
1924年第5回メーデー。大阪でも官憲は弾圧を強めた。朝鮮人同志会256名の参加を許可せず、また社会主義者をメーデー前日に特高・警官が検束し、かつメーデー会場とデモで社会主義者の参加者を見つければ即検束するという徹底的乱暴に弾圧してきた。また、水平社メンバーも絶対に参加さ . . . 本文を読む
名古屋メーデー 1924年メーデー(読書メモ)参照 「日本労働年鑑」第6集/1925年版 大原社研編 「協調会」史料
1924年5月1日名古屋における第二回目のメーデーが中部労働組合聯合会主催で敢行された。不当にも警察は、メーデー前に、あらかじめ労働組合の幹部である寄田、酒井、清水他数名を検束してくるという弾圧を仕掛けてきたが、メーデー当日午前10時、メーデー会場の鶴舞公園に、中部労 . . . 本文を読む
神戸メーデー「宣言」1924年メーデー参照 協調会史料(神戸メーデー)より
資本家階級をして我らの前に戦慄せしめよ !
1924年5月1日の神戸メーデー「宣言」です。資本主義そのものが労働者とその家族を苦しめる、すべての罪悪・諸悪の根源であり、労働者階級は資本主義とその支持者を駆逐すると宣言しています。この神戸メーデー宣言はまるで革命宣言のようです。
今のナショナルセンターのトップがこん . . . 本文を読む
「一日いっときとして俺たち労働者には自由な時はないのだ」千葉野田メーデービラ 1924年メーデー「一日いっときとして俺たち労働者には自由な時はないのだ」 このビラは、1924年5月1日野田メーデーのビラです。千葉県野田市にはご存じの通り、野田醤油争議で有名な関東醸造労働組合がありました。関東醸造労働組合は、当時、毎年野田市独自のメーデー集会と市内デモを大々的に繰り広げています。「一日いっ . . . 本文を読む
上・日本農民組合第三回大会婦人代議員(1924年)上・日本農民組合第三回大会デモ(1924年)
大衆行動でオレ達の土地を死守せよ! 1924年の小作争議 (読書メモ)参照「日本労働年鑑」第6集/1925年版 大原社研編
1924年(大正13年)における小作争議は867件(前年741件)にも上る。その内123件は前年からひき続く争議である。兵庫県102件を最高に全国に及 . . . 本文を読む