西日本新聞より
2006年12月5日
食卓の向こう側 第9部・広がる輪<1>弁当の日 この楽しさ伝えたい
「今日のテーマは『お気に入りの野菜』を使ったおかず。では先生から、お弁当箱を開けてくださーい」
11月上旬、九州大学箱崎キャンパス(福岡市東区)の昼休み。
買った弁当の袋を手に学生らが行き交う傍らの芝生に、チンゲンサイとシメジの豚肉いため、レンコンの梅肉あえ、ロール白菜、サトイモの煮っ転がしなど、店のメニューにはないおかず15品を並べるグループがあった。
毎週木曜日、手作りの弁当を持ち寄っては、みんなで食べる九大生の“弁当の日”。
きっかけは、その前月、県内5大学の学生など65人が集まり、食をテーマに語り合った「九大食育ワークショップ」だった。
そこで紹介されたのは、高松市立国分寺中学校の竹下和男校長(57)が始めた「子どもが作る“弁当の日”」。
弁当作りを通じて、子どもや家庭が変わっていくという話に、農学部3年の井田順子さん(21)は飛びついた。
時間が惜しいと出来合いの弁当を利用し、「これまでお金で時間を買ってきた」。
しかし、「食は心の余裕をつくる大切な時間」と気づいた。
「誰かのために作るのも楽しい。私たちもやろうよ」
呼び掛けに、セミナーでインスタント食品やファストフードに偏りがちな食生活を不安に感じた仲間が応じた。
「自分の名前の頭文字から始まる食材を使ったおかず」など毎回テーマを変え、できた料理はインターネットで公開。
友人を手作りの料理でもてなす食事会も始まった。
思ってもみなかった楽しみを知った学生らの活動は、しなやかに展開している。
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「弁当作りを体験すれば、食や家族を大切にする時代がくる。“弁当の日”で日本は変わる」
今年4月、福岡市で開かれた「食卓の向こう側シンポジウム」。
基調講演をした竹下校長の言葉は、北九州市立飛幡中学校(戸畑区)で家庭科を教える古閑(こが)明子教諭(42)の心を揺さぶった。
学校の備品が壊されるのはざら。全国各地でいじめや自殺が相次ぎ、荒れる教育現場の現実に、「一人の力ではどうにもならない」とあきらめかけていた。
だが、「学校から変える」という竹下校長の話に勇気づけられた。
「受け身では駄目」。
古閑教諭は柿木勝義校長(55)に相談。
家庭科の授業を活用し、10月から“弁当の日”を取り入れることを決めた。
「なんの評価になるん」「弁当作って何かいいことあるんか?」。
そんな生徒の声も聞こえたが、ふたを開けてみると、みな、早起きして弁当を作ってきた。
それだけでなく、友だちの弁当に刺激され、「次は買い出しから一人でやる」「冷凍食品は使わないで自分で作る」などと、意欲を示す生徒も出てきた。
「母の苦労が分かった」という生徒や、「何も教えていないことに反省した」という保護者の感想が寄せられた。
受験科目ではないと軽んじられがちな家庭科だが、古閑教諭は思う。
「暮らしの力を高める家庭科は、学習意欲も高める大事な科目なのです」
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北九州市には、ほかにも今春から“弁当の日”をスタートさせた西南女学院短期大学部(小倉北区)がある。
「小学生時代に経験できていたら、こんなに苦労しないのに…」。
連載で“弁当の日”を読んだ一人暮らしの学生が、自らの自炊生活を語った言葉に、同大学部の池田博子教授が始めた。
「うちの学生ってこんなレベルと思われないかしら」。そんな不安もあった。
ところが、学生らの反応は「いい機会をありがとうございました」。
出した課題を感謝されるという初めての体験をした。
学生らの料理の腕前は上がり、「これまで上げ膳(ぜん)据え膳では、見えていなかったものが見えるようになりました」という意見も。
今、池田教授は、小学、中学、高校とも連携した取り組みができないかと考えている。
全国で本年度中に“弁当の日”に取り組むのは、8道県の37校。九州では、福岡県がそのうち21校を占めるなど、「ご本家」のお株を奪う広がりをみせている。
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「食」という物差しを通じて、家庭や子育て、環境、農業、医療、福祉など、社会のありようを考える長期連載「食卓の向こう側」を始めて丸3年。
第9部「広がる輪」では連載をきっかけに、自ら動きだした人々を紹介します。
(この連載は「食 くらし」取材班の佐藤弘、大淵龍生、渡辺美穂が担当します)
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●子どもが作る“弁当の日” 2001年、香川県綾川町立滝宮小学校の竹下和男校長=当時=が始めた取り組みで、第8部「食育 その力」で紹介。子どもを台所に立たせて生きる力の基礎となる「暮らしの時間」を増やそうと、「親は手伝わずに、自分で作る」ことをルールとして実施されている。