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食卓の向こう側 第10部・海と魚と私たち<1>プロローグ 一世代で激変した魚食

2018年07月08日 17時05分07秒 | 食卓の向こう側

西日本新聞より
2007年2月27日
食卓の向こう側 第10部・海と魚と私たち<1>プロローグ 一世代で激変した魚食

バタバタバタ…。
口を半開きにした小学生が、養護教諭に付き添われて病院に駆けつけた。
「のどが痛いー」。
給食でサバの煮付けを食べ、骨をのどに引っ掛けたのだ。

 「魚を出した日は必ずと言っていいほど、病院行きの子どもが出る」と、福岡市内の学校給食栄養士。
煮付けでもフライでも、まるでハンバーグでも食べるようにほおばり、よくかまないまま飲み込んでしまうらしいのだ。

 脳を活性化させるドコサヘキサエン酸(DHA)やカルシウム…。
魚には、成長期に必要な栄養が豊富だ。

 「本当はもっと食べさせたい。でも最近、魚を出すには少し“勇気”がいる」
 目刺しを手に、「どこ食べるの」と尋ねる子もいる。
魚の日は残食も多い。
魚食の機会が減っているのだろうか。

 農林水産省の食料需給表によると、国民1人当たりに年間供給された魚介類の量は、1965年が28.1キロなのに対し、75年は34.9キロ、2005年が34.4キロ(概算値)と、ここ30年はほぼ横ばい。問題なのは、「食べ方」ではないか。

    ×   ×

 「あーおなかすいた。そろそろお昼にしません?」

 福岡市・天神で勤める40代の会社員2人。
行きつけの定食は、海鮮丼に貝汁付きで680円。
ほっとする味だし、脂っこい料理より生活習慣病の予防によさそう。
つい足が向く。
関東や関西からの出張者を案内すると、「安くてうまい」と喜ばれる。
豊かな海の幸は、博多の自慢だ。

 あるとき、1人が言った。
「うちの息子、魚をあんまり食べないんだよね」。
夫婦は割と魚好き。
食卓にもよく魚料理が上るが、中学3年の長男は、先日もタチウオの塩焼きを半分残した。

 「食べなさい」とたしなめると、「塾の宿題するから、ささっと食べられないと嫌」。
晩ご飯はたいてい、塾帰りの夜10時。
食事中は、1日のうちで唯一好きなテレビ番組を見られる時間でもあるから、魚の骨を取る“ゆとり”はない、というわけだ。

 しかし、「魚嫌い」ではない。
一口で食べられる“ファストフード”のすしや刺し身は好物だ。
「だから、はし使いが上達しなくて」。
親としては、その点も気になる。

 子ども時代、「こんなうまいものがあるのか」と、ブリの照り焼きに感激してから約40年。
当時見たこともなかったマグロやサーモンの刺し身に、わが子が飛び付く。
「食べ方」は、一世代でがらりと変わった。

    ×   ×

20070227.jpg

 旬の味! 生鮮大市-。

 新聞の折り込みチラシに、北九州市の主婦(32)がくまなく目を通す。
親子4人の食費をやりくりするための日課だ。

 「生タラ切り身が百グラム158円。簡単で食べ応えがあるタラちりにするか」

 魚の旬は、チラシで確認。
通常、鶏肉や豚肉の方が安くてボリュームがあるから、魚は特価を狙う。

「モーリタニア産」など、どこかよく知らない産地は気にならないが、日本の首都圏近海で取れたと聞く方が、「汚染は大丈夫?」と、少し躊躇(ちゅうちょ)してしまう。

 福岡県水産海洋技術センター(福岡市西区)は昨年9月、水産物についてグループインタビューを行った。
同県内の50代女性7人は、旬や鮮度を信頼する店があり、
「姿が分からない魚は不安。切り身にするなら店でさばいてもらう」。
一方、30代の女性6人は、「買うのは主に切り身パック。鮮度の判断は、消費期限や水揚げ日の表示が頼り」と答えた。
献立も30代は乏しく、「煮るか、焼くか。野菜と料理できる献立がほとんどなくて困る」との感想だった。

 世代間の違いには、調理経験の差も影響するだろう。ただ、野菜も含め生鮮食材から調理する家庭が減り、中食・外食が浸透した現状をみると、日本人の暮らしから「豊かな魚の食べ方」が消える日も遠くないかもしれない。
 そのとき、私たちは同時に何を失うだろうか。

    ×      ×

 ●「安さ」の先にあるもの
 
「安いものには理由があるとばい」。
福岡県にある魚市場の仲卸が、業界の“常識”を教えてくれた。

 例えば、売り場に並ぶ刺し身。
消費者は店でさばかれたと思いがちだが、実は全部がそうではない。

 鮮魚店なら、基本的に新鮮な魚はその下に氷を敷き詰め、そのまま売る。
人の手の体温や、包丁を入れたことで「魚が弱りだす」からだ。
そんな店は、ぎりぎりまで待って刺し身にする。

 これに対し、「安さ」を追求する店は、経費を少しでも切り詰めたいのが本音。
中には人件費の節約のために、魚をさばける人がいない売り場もあるほどだ。

 そんな店が取引先に要求するのが、魚の下ごしらえ。
三枚におろして皮をはいで、あとは切るだけにしたさく(切り身)の真空パックを納入させる。
イカやエビのように、既に切られたり、むかれたりした商品もある。
パックから出し、加工済みのダイコンの千切りなど、つまを添えれば、「刺し盛りの1丁上がり」なのだ。

 市場や産地には足を運ばない。
売り場で「この魚はどこから来たのか」と尋ねられると、「本部から」としか答えられない。
商品説明ができない、そんな仕入れ担当者(バイヤー)でも朝、布団の中から注文すれば事足りるような商品を、業界では「寝床アイテム」と呼んでいる。

    ×   ×

 極端な「安さ」は、モラル低下にもつながりかねない。

 「国内産と台湾産のシジミを混ぜてもってこいと、ある生協に言われた」
 鮮魚店から転身し、自分たちの目で確かめた商品だけを扱う「京北スーパー」(千葉県)の石戸孝行相談役(69)は、知り合いの業者の告白に耳を疑った。

 国産シジミの価格は台湾産の約3倍。
そこで安く売りたい生協担当者は、ブレンドして売ろうと考えたのだ。

 良心がとがめた業者は、自分では混ぜず、別々に納めたという。
石戸さんは「安さ」と「効率性」に取りつかれたこの国の病を見た思いがした。

    ×   ×

 「『粉の先生』って、みんな呼んでたなあ」
 東京・築地市場の仲卸で働く女性は数年前の出来事を振り返る。

 「先生」が持ってきた白い粉は、水に溶かして使うと魚の鮮度が保たれる食品添加物。
仲卸の社長は“魔法の薬”に大乗り気だったが、女性は「そんなのおかしい。使っちゃだめ」と、反対した。

 女性は、「先生」と職場の従業員を連れ、料理店で魚を食べ比べた。
「舌がしゅわしゅわする」。
白い粉を使った方を食べた従業員の言葉が決め手になり、「先生」は去った。

 食品衛生法は、魚などの生鮮品に、消費者が鮮度を誤認するような食品添加物の使用を認めていない。

 「でも、現実には、一晩水に漬けておくと、赤貝の身がさらに赤くなる粉や、魚の血合いが変色しない薬など、魚屋を誘惑するグレーゾーンのものはたくさんある」。
かつて食品添加物のトップセールスマンだった食品ジャーナリスト、安部司さん(55)=北九州市=は言う。

    ×   ×

 「地ものであろうとなかろうと、仕入れの上限価格はキロ500円。大きさもトレーに収まるサイズで」(量販店のバイヤー)

 「宴会では、みんな同じ種類、同じ大きさじゃないと、お客さまは納得しない。欲しいときに、欲しいだけ数がそろうかだ」(外食関係者)

 価格、形、数…。
工業製品ではないのに、仕入れ側の力(バイイングパワー)という陸(おか)の都合が優先する現実。
それは、「安さ」や「見た目」を求める、私たち消費者の行動が引き起こしていることかもしれない。

    ×   ×

 縄文時代の遺跡から魚の骨や釣り針が見つかる島国・日本。
それはコメを主食にする前から、海の恵みを糧にしてきた証拠でしょう。
しかし近年、海と私たちとの関係は激変しました。
地球の反対側で取れる魚を常食したり、「漁場」だった海や川を、経済活動や生活の「ごみ捨て場」にしたり-。
食卓の向こう側第10部「海と魚と私たち」では、豊かな資源とともにあり続けるための暮らしのありようを考えます。

(この連載は、「食 くらし」取材班の渡辺美穂、佐藤弘、木下悟が担当します)

 

 

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