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食卓シリーズ・第13部 続・命の入り口心の出口<1>歯周病 8割が患う「国民病」に

2018年07月10日 16時06分53秒 | 食卓の向こう側

西日本新聞より
2010年2月1日

食卓シリーズ・第13部 続・命の入り口心の出口<1>歯周病 8割が患う「国民病」に

 

■食卓の向こう側シリーズ 第13部■

 「朝晩2回、毎日歯磨きしているのに何で…」。
ピンクに染まった自分の歯に、思わず叫びそうになった。

 福岡市の船越歯科医院で受けた歯垢(しこう)(プラーク)の付着をチェックする「染め出し」検査。
普段より入念に磨いたつもりなのに結果は無残だった。

 「歯と歯茎の間や歯間などにブラシが当たっていないんです。正しい歯磨きをまず覚えてください」と院長の船越英次(62)。

 ブラシの持ち方から始まり、前歯、奥歯、その裏側-。
「食卓の向こう側」取材班に長年かかわりながら、50歳近くにもなって歯磨きを習うのに少々情けなさを感じながらも、これまで歯磨剤の清涼感だけで磨いた気になっていた実態を痛感した。

 そして歯周病の診断。
歯と歯茎の間の溝(歯肉溝)に探針を入れ、その深さを測る。
3ミリ以内なら問題ないが、船越が告げた数値は、それを上回っていた。


 「重度の歯周病。放置すると、歯がなくなりますよ」

   ×    ×   

 かつて歯槽膿漏(のうろう)と呼ばれた歯周病は今や、国民病といわれる。
厚生労働省によると、20歳以上の8割は程度の差はあれ歯周病を患っており、5―19歳でも4―6割が何らかの形で歯茎に問題があるという。

 歯周病は口内細菌によって引き起こされる感染症だ。
細菌は、食べかすを餌に繁殖。
歯にべったり付着し、細菌の集団である歯垢となる。
ヌルヌルの歯垢が歯肉溝に入り込み、定着したのが歯周ポケット。
歯周病菌はここで炎症を起こし、徐々に歯根の周囲の骨を溶かす。

 厄介なのは、自覚症状のなさ。
口臭がひどくなったり、歯茎から出血したときは、もう「重度」という場合が多い。

 「対策は正しい歯磨きと、歯の定期検診。それと、唾液(だえき)を出す食生活を心掛けること。それしかない」。
船越は言った。

   ×    ×   

 「ヒトが歯周病になるのは、火を使い始めたときからの宿命」と、福岡歯科大学教授の坂上竜資(50)は解説する。

 火がなかった時代、ヒトは他の動物と同様、硬い食べ物をそのまま食べた。
よく噛(か)むことで唾液の分泌を促し、豊富な食物繊維が自然の歯磨きとなって、虫歯と同時に歯周病も防いだ。

 それが火を使った調理によって一変。
栄養吸収は格段に良くなったものの、代わりに、新たな病を引き受けることになったという。

 噛まずに済む軟らかいものを食べ続けるとどうなるか。
日本歯科大学新潟歯学部が行ったサルの実験がある。

 ニンジンやリンゴなど、栄養バランスを考えた餌を、片方にはそのまま、もう片方にはミキサーでドロドロにして与え続けた。
3カ月後、固形食のサルは何の問題もなかったが、ミキサー食の方は歯垢が付いて歯茎がボコボコに。
1年半後には歯石が付いて出血する状態になった。

 軟らか食が多い現代の食卓では、予防がなかなか難しい口の生活習慣病、それが歯周病なのだ。
 (敬称略)

   ×    ×   

 「命の入り口」である口まわり、それも歯の病気だから、軽視するつもりはない。
しかし、多くの罹患(りかん)者が気付かなかったり、「悪化したら治療すればいい」と放置しているケースが多い歯周病。
「甘く見てはいけません。歯周病は実は全身とかかわる深刻な病気なんです」。
坂上はそう警告する。  歯周ポケットにすみ着いた歯周病菌は、歯の周囲にある毛細血管を通じ、それ自身が持つ内毒素を全身にまき散らす。
それとともに、免疫機能との戦いの中で発生する物質が、体の機能を狂わせる。
その代表的な物質の一つサイトカインは、血糖値を下げるため分泌されるホルモン「インスリン」の出を阻害。
糖尿病の症状を悪化させることが知られている。
「肺炎、心臓疾患、腎炎…。歯周病は直接の原因にならなくても、症状を悪くするリスク要因になる」と坂上は言う。

   ×    ×   

 飽食ニッポンで起きている奇妙な現象がある。
それは、体重2500グラム未満で生まれる低出生体重児の増加だ。
2004年の発生率は9・4%で、統計のある1990年に比べ約5割増。
1500グラム未満の極低出生体重児は、出生後に亡くなったり、障害を負うリスクが大きいとされる。

 歯周病は、低出生体重児を招く早産の引き金の一つとみられている。
熊本大学大学院生命科学研究部准教授・大場隆(49)は、「妊婦の歯周病は、早産で低体重児を産むリスクが2・8倍高くなる」と言う。
特に妊娠期の女性は、ホルモンバランスが崩れるため、歯周病になりやすい。

 2006年、大場は熊本県、県歯科医師会と共同で、同県天草地区の妊婦720人を対象に早産予防に取り組んだ。

 44の歯科医院で検診を行い、歯磨き指導や口腔(こうくう)ケアを実施。
産科では早産を招く子宮内の感染症「絨毛(じゅうもう)膜羊膜炎」対策として、発症する可能性がある妊婦に抗菌剤を飲んでもらった結果、極出生体重児の発生率が、過去5年平均の3割まで減少した。

 大場は言う。
「歯周病が即、早産につながるわけではない。だが、自分の口の中のことが、次世代の命にもかかわることを知ってほしいのです」 (敬称略)

   ◇   ◇

 昨年11月に連載した食卓の向こう側シリーズ第13部「命の入り口、心の出口」。
続編では口と全身とのかかわりを中心に、私たちの健康と望ましい未来のための方策を考えます。

=2010/01/31付 西日本新聞朝刊=

■食卓の向こう側第13部 命の入り口 心の出口

偽装表示や残留農薬問題、激化する食料品の価格競争などによって「食品」に対する私たちの関心は高まってきました。
でも、食べ物を口の中に入れた後のことは、考えてきたでしょうか。
また、口は健康のシグナルであり、全身の病気とつながっていることが分かってきたのに、他の病気に比べて歯科の優先順位が低いのはなぜでしょうか。

本書は、そんな疑問を提示することからスタートした連載「命の入り口 心の出口」(2009年11月22日~12月1日、2010年 1月31日~2月15日)を中心に、連載内容を基調としたシンポジウム、取材班に寄せられた読者の声や関連資料を添えて構成しました。
口と咀嚼をテーマに、私たちの健康や医療のあり方などを考えます。

108ページ/A5判ブックレット/500円
(★詳細はこちら

 

連載に関する感想、意見をお寄せください。
〒810‐8721、西日本新聞社編集企画委員会「食 くらし」取材班へ。
ファクスは092(711)5004。メールはshoku@nishinippon.co.jp



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