愛詩tel by shig

プロカメラマン、詩人、小説家
shig による
写真、詩、小説、エッセイ、料理、政治、経済etc..

ISLAND

2009年03月09日 19時01分27秒 | 写真詩

限りなく透明な波が静かに打ち寄せている。


美加は白いデッキチェアに横たわっている。
 

「ごらん、美加。綺麗だろう」
 

美加は答えない。答えられないのだ。
 

半年前、父親が運転する車が小型トラックと正面衝突をした。

助手席の母親と父を同時に失った。

後部座席でシートベルトをしていた美加だけが、奇跡的に助かった。

それ以来、美加は失語症に陥った。
 

僕は美加を精神科に連れて行き、出来る限りのことをした。

しかし、美加のこころの傷は深く、言葉を取り戻すことはなかった。
 

せめて、僕の大好きなこの島に連れて来れば、

少しは気が晴れるだろうかと、無理矢理引っ張ってきた。
 

サングラスをかけているので、目を開けているかどうか、分からない。
 

真っ赤なビキニをつけている。
事故で美加は、無傷だった。

こころ以外は。
 

美加の傍らには、ペーパーバックが伏せてある。

ISLAND
 

英語の堪能な美加に、僕が贈ったものだ。

僕はもう一度、海に目を向ける。

透明度世界一を誇る海。

何度見ても信じられない美しさだ。

空は晴れ渡っている。

雲が一つ、浮かんでいる。

少しずつ形を変えながら、ゆっくりと流れる。

僕はただ、見とれていた。
 

「き・・れ・・い」
 

横からの声に、僕は驚いた。

驚くと同時に、喜びがこみ上げてきた。
 

「美加・・言葉・・」
 

「うん、話せるわ。不思議。この海と空のお陰。そして、なによりも、あなたの」
 

満面に笑みを浮かべた美加は、水際まで走っていき、

砂浜と海の境に立った。
 

「ねえ、聞いて。波が引くとき、足の裏の砂も取り去っていくの。

私の哀しみも、消えていくみたい」
 

青い空、白い雲、透明な海、美加の赤いビキニ姿。

見たことのない、美しいシーン。
 

僕は指でフレームを作り、心の中でシャッターを押した。

一生消えない、ショットが目に焼き付いた。

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