限りなく透明な波が静かに打ち寄せている。
美加は白いデッキチェアに横たわっている。
「ごらん、美加。綺麗だろう」
美加は答えない。答えられないのだ。
半年前、父親が運転する車が小型トラックと正面衝突をした。
助手席の母親と父を同時に失った。
後部座席でシートベルトをしていた美加だけが、奇跡的に助かった。
それ以来、美加は失語症に陥った。
僕は美加を精神科に連れて行き、出来る限りのことをした。
しかし、美加のこころの傷は深く、言葉を取り戻すことはなかった。
せめて、僕の大好きなこの島に連れて来れば、
少しは気が晴れるだろうかと、無理矢理引っ張ってきた。
サングラスをかけているので、目を開けているかどうか、分からない。
真っ赤なビキニをつけている。
事故で美加は、無傷だった。
こころ以外は。
美加の傍らには、ペーパーバックが伏せてある。
「ISLAND」
英語の堪能な美加に、僕が贈ったものだ。
僕はもう一度、海に目を向ける。
透明度世界一を誇る海。
何度見ても信じられない美しさだ。
空は晴れ渡っている。
雲が一つ、浮かんでいる。
少しずつ形を変えながら、ゆっくりと流れる。
僕はただ、見とれていた。
「き・・れ・・い」
横からの声に、僕は驚いた。
驚くと同時に、喜びがこみ上げてきた。
「美加・・言葉・・」
「うん、話せるわ。不思議。この海と空のお陰。そして、なによりも、あなたの」
満面に笑みを浮かべた美加は、水際まで走っていき、
砂浜と海の境に立った。
「ねえ、聞いて。波が引くとき、足の裏の砂も取り去っていくの。
私の哀しみも、消えていくみたい」
青い空、白い雲、透明な海、美加の赤いビキニ姿。
見たことのない、美しいシーン。
僕は指でフレームを作り、心の中でシャッターを押した。
一生消えない、ショットが目に焼き付いた。