静かな夜
ジョン・コルトレーンのサックスがもの悲しげに歌い上げる
夜はジャズがいい
それも、バラードが
知らず、遠い想い出が現れては、消えてゆく
まだ、二十歳過ぎの多感な頃、知り合って3ヶ月ほどの女の子とジャズ喫茶に行った
よくしゃべる女の子だった
それが堪らなくなって、ジャズ喫茶に行ったのだった
ジャズ喫茶では会話は御法度だった
だから、二人は黙ってジャズに聴き入っていた
いや、音楽に耳を傾けていたのは僕だけだったのかもしれない
彼女はただ、我慢していただけだったのかも
突然、電話がかかってきて、会って欲しいと言われ、不承不承出かけていった
ジャズ喫茶を出て、歩道橋の上で、行き交う車を、ただ、見ていた
あのね、明日、北海道の実家に帰るの
大阪とはさよなら、あなたに会えるのもこれが最後
あなたにその気がないのは知ってた
でも、せめて、あと一度だけ、会ってお別れを言いたかった
僕は悪いことをしたな、と心の中で彼女に詫びた
若さゆえの残酷
そう、元気でね
歩道橋の上で、彼女と別れた
僕はあの日、彼女を傷つけたんだろうと思う
今なら、もっと違う接し方があるんだろうけれど
優しさの仮面をかぶった冷酷
青春の1ページなんて、きれいな言葉ですまされない、苦い想い出
歩道橋の別れ以来、連絡はなくなった
今、どうしているかなんて、思う資格もない
曲が変わる
「IT'S EASY TO REMEMBER」
優しい曲だ
遠い昔の罪を優しく包み込んでくれる
「想い出すのはたやすい」と訳すのだろうか
時を戻せるものならば
僕らはいつもそう思う
不可能なことを、僕らは望む
また、次の曲が僕を責める
「YOU DON'T KNOW WHAT LOVE IS」
恋は知っても、愛は知らない時代
それが青春
コルトレーンの最後の一吹きが僕のこころを揺さぶる
「TOO YOUNG TO GO STEADY」
「恋人になるには若すぎて」
テナーサックスが消え、静寂が訪れる
僕は静かに、アンプをOFFにする