猛暑日の朝、僕は凍えていた
突然の大雨の中、病院まで走っている間に、頭から足下までびしょびしょになっていた
待合いのエアコンが、僕の体から熱をみるみる奪っていった
「どうぞ」一人の女の子が、小さなタオルを差し出していた
「ありがとう」僕は素直に受け取った
「ここでは風邪を引くわ。外に出ましょ」
僕らは外へ出、喫煙コーナーに腰を下ろした
ポケットからピアニシモを取りだした
箱は濡れていたが、中身は大丈夫だった
「私にもちょうだい」
僕は箱からさらに1本取り出して彼女に渡し、火をつけてあげた
「ふうん、この煙草、メンソールの味しかしないわね」笑顔が可愛かった
「うん、1ミリだからね。僕は足立光 光と書いてあきらと読む」
「私は山口加奈 もう、三ヶ月 二週間に一度、あなたを見ていたのよ、いつも何か書いているわね」
「うん、詩人だから」
「私にも何か書いてくれる?」
「いいけど、君のこと、何も知らない」
「いいの 思いつくままに書いて 書けたら携帯にメールして 私ここに入院しているの」
彼女は携帯のアドレスを僕の携帯に登録した そして病院へと消えた
作品が出来た日、僕は彼女に出来たての詩を送った
返事が来た
「ありがとう 素敵な詩 来週の金曜日よね あなたが来るの 会えるのを楽しみにしています」
次の診察日、彼女はいなかった
受付で聞いてみた「山口加奈さんって、こちらに入院しておられますよね、面会したいんですが」
受付の女性は隣の同僚と目を合わせ、顔を曇らせた
「いえ、もう、入院しておられません」
「え?退院したんですか?」
「昨日亡くなられました。白血病でした」
僕は言葉を失った
哀しみに打ちひしがれ、声もなく、立ちつくした
そして、彼女に送った詩を携帯で呼び出した
こう、書いてあった
「もし明日君をなくしても、僕は待ち続ける 君が僕のもとへ帰る日を」
何ということを書いたんだ 君を本当になくしてしまうなんて
僕はこれから、誰を待ち続ければいいんだ
ピアニシモを吸った後の君の笑顔がよみがえり、僕はこみあげてしまった
涙が次から次に溢れだし、携帯の画面に落ちた
その涙を、君に返すつもりだった、小さなタオルで拭いた
外に出ると、抜けるような青空だった
僕はピアニシモに火をつけた
二本
一本は僕のため
もう一本は君のため
青空に紫の煙が舞い上がり、やがて風がどこかへ、運び去った