愛詩tel by shig

プロカメラマン、詩人、小説家
shig による
写真、詩、小説、エッセイ、料理、政治、経済etc..

SNOW -愛のメッセージ-

2018年05月02日 17時01分44秒 | 写真詩

 

待ち合わせの時間に遅れそうだった。

駆け足で急ぐ僕のほほを、折からの雪が打つ。

家を出るときは、晴れていた。

 

SNOW

僕が見つけた、彼女の名前の喫茶店。

美雪はテーブル席で本を読んでいた。
 

顔を上げた美雪は立ち上がって、僕のコートの雪を払った。
 

「体冷えてるわね。熱いものがいいわ」
 

美雪はウェイトレスに、ホットレモネードを注文した。
僕に断りもしないで。
 

そして本を閉じ、窓の外に舞う雪を見つめていた。

庭にみるみる積もっていく。

 

ホットレモネードが運ばれてきたとき、彼女は言った。
 

「ねえ、覚えてる?あの日も雪だったわ」
 

「あの日?」
 

「私たちが出逢った日よ。あなたが滑って転んだところを私が助けてあげた」
 

「逆だよ。君が転んでけがをして、タクシーで病院へ連れて行ったのは、僕だ」
 

「あら、そうかしら」
 

「忘れるもんか。病院で君の名前を知ったとき、本当に雪のように美しい人だと思った」
 

美雪の表情が曇る。
 

「美しくなんかないわ。それに・・」
 

「それに?なんだか今日は変だね。どうしたの?」

 

美雪はしばらく黙り、やがて、意を決したように、口を開いた。
 

「今日で終わりにしましょう。理由は聞かないでね」
 

そう言われれば、何も言えやしない。沈黙の天使が通り過ぎる。

 

やがて美雪は伝票を取り、立ち上がった。
 

「最後だから、私が払うわ」
 

レジで支払いを済ませ、振り返りもせず、扉から消えた。

 

冷めたホットレモネードと僕だけが、取り残された。

窓の外の雪を眺めながら、美雪の別れ話の理由を考えた。

全く思い当たらなかった。

 

外に出て、携帯で彼女の家を呼び出した。

母親が出た。
そして、ためらいつつも、教えてくれた。
 

「喉の調子がおかしいって、昨日病院へ行ったの。咽喉がんと診断された。

手術すれば、命に別状ないけど、言葉を失うって」

 

礼を言って携帯を切るやいなや、僕は走り出した。

きっと、あそこだ。

 

雪はいっそう強く降ってきた。

手袋をしていない、手がかじかむのも忘れて走った。

 

美雪はいた。

あの日、転んだ歩道橋に。

手すりに寄りかかって泣いていた。

雪まみれになって。

歩道橋の端には、雪が積もっていた。

 

僕の突然の出現に、泣き顔の美雪は驚いていた。

 

「何も言わなくていい。全部知っている。

いいかい、君の気持ちが分かるのは、僕だ けだと自信がある。

君には僕が必要だ。
それ以上に、僕には君が必要なんだ。
ずっと一緒にいさせてくれ」

 

涙を流しながらも、彼女は笑った。

とても綺麗な笑顔だった。

 

雪の歩道橋は、とても静かだ。

通る車も、ほとんどいない。
 

しかし、溢れんばかりの愛のメッセージを、

雪は音もなく、僕らに運び続けた。


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