private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over17.2

2018-05-06 08:28:11 | 連続小説

 そりゃ朝比奈にとっては大切な時間だ。なによりハッキリとした将来像が描けていて、それに向けてやるべきことがわかっているんだし、おれにとっては消費されるだけのあぶくみたいなもんで、それにしてもよくわからないのは、このタイミングで時間にこだわるのと、おれもその対象とするのは論理的な話ではない。
 
それなのにやけに説得力があるから、おればかりか相手のヤツラもそうしなければならないと、知らぬ間に同意を取ってしてしまうからおそれいる。こうして意思のないおれ達は引っ張られていく。理想とそれにともなう現実は、結局は何か別のモノの対価でしかないってことなんだろうか。
 
時間は距離でもあり、長さでもあり、刹那的に生きていくことと、未来を見据えて生きていくことが、どちらが正しかったなんて最後の最後までわからない、、、 わかったからって、その時点ではどうしようもない、、、 だから余裕を持って生きられるほど無限でもないって気づいたときにはもう遅いんだ。
「勝負だあっ? ネエちゃん、アンタ、オレ達と何の勝負をするつもりなんだ。もしかしてよ、走りあおうってわけじゃないだろうな。エッ? ハハハハハッ!」
 大声で笑っていたリーダーは、わかってるくせに焦らすつもりだ。それは、なによりも常に主導権を朝比奈に握られているのが気に入らないと明かしている。そりゃ無理だよ、、、 おれだってそうだし、、、 だいたいその時点で朝比奈の手の内だ、クルマで走る勝負だって決めさせられてるし、、、 そこに妥協できてないヤツラは朝比奈の強烈な一発をくらうことになる。
「あたりまえじゃないの、チンポコの大きさでも争うつもりだったの? わたしはついてないから争えないけど。どうかしらねえ、ついてない女に負けたままで平気なの?」
「オマエっ… 」
 そら言葉に詰まるわな。そこまで言われて引き下がれるハズもなく、売り言葉に買い言葉になりゃ、だからそれが朝比奈の術中にハマってるんだって。あれっ、でもさ、まともにやりあって勝つ自信があるのか? たしかに朝比奈の運転はうまいと思うけど、ヤザワだって腕に覚えがあるだろう。
「心配しないで。大丈夫よ、相手するのはカレだから」
 誰の心配をしている? なぜおれを指差す? ヤツラは一斉におれのほうに目を向けた、、、 そら見るわな、、、 見ないで。おれはあんた達を満足させられるほどのオトコじゃないんだからさ、、、 だからって朝比奈も満足させられるわけじゃない、、、
「それなら、メンツも立つでしょ。カレ、わたしより速いわよ。どうする? やめとく?」
 誰のメンツを心配している? おれが速い? やめといたほうが、、、
「そこまで言われて、やめれるわけないだろ。ようやくわかったぜ、そうまでして、おれたちがとっとけば引き下がれない状況に持ち込む腹づもりか。自分じゃなくて、最初からこの男とやらせるつもりだったとはな。だからこんなところで隠れたふりして待ち構えていたってのも納得できたぜ」
 リーダーは得意げに解説しているけど、聞いてるほうが恥ずかしくなるくらい、なにひとつ正解してませんけどね。
「こいつボーッとして、カスんでるぐらい存在を消して、そうでもないフリしてるつもりだろうが、相当なやり手だってことか。なるほど、そうか、アンタに手ほどきしたのもこの男ってわけだ。いいだろ、オレはまんまとアンタにはめられたってわけだ」
 いやいや、はめられたって嬉しげに言っわれても、、、 はめられるんならおれも是非はめて欲しいぐらいで、、、 アンタ無理矢理自分に主導権を持っていこうと、わかったように言ってるけど、おれがボーっとして、霞んで存在を消しているぐらいしか当たってない、、、 まきこまれたくないから、なるべく目立たないようにしてたからだ、、、 それぐらいのオトコなんだけど。
「それで、オレたちが勝ったらどうするんだ。いや、どうしてもらえるんだ。オマエ、自分が勝つことしか考えてないわけじゃないよな」
 どうなんですか?
「負けること考えて、勝負吹っかけるほどバカじゃないけど。そっちが勝てると思うんなら、どうしたいか言えばいいんじゃない」
 おれが走るんですけど、どうして勝てる前提なんでしょうか。まだ一ミリもクルマ動かしてませんけど。
「じゃあ、遠慮なく言わせてもらうが、アンタのカラダがどうなってるのか、いろいろと確かめさせてもらおうかな。ヒッヒッヒッ」
 リーダーがイヤらしくそういうと、下っ端のヤツも嬉しそうに首を縦に振っている。これだから男ってヤツは、、、 おれもそう言うな、、、 きっと。
「ふーん、そんなんでいいなら好きにすれば、アタシは別にかまわないけど。男って結局そこにしかあたまが働かないのね」
 やっぱり。そう思われるよね、、、 えっ! いいの? おれだよ。
「ちっ、なんか、そんなふうに言われると興もさめるな。いや、アンタ、たいしたタマだけどよ、あとで泣きヅラおがめるのが楽しみだぜ。それでどうやって勝負つけようってんだ」
 朝比奈はここでヤザワの方に目を向けた。一瞬たじろぐヤザワ。
「今日さ、アンタに会ったスタンド。そこに31日の朝の4時に来て。勝負の方法はソッチにまかせる。わたしが言えばこちらが有利な勝負を選んだと思われるからね」
 何をいわれるのかと、慄いていたヤザワは、それだけを口にした朝比奈に対し、ホッとしたような表情を浮かべ、そしてすぐに真顔に戻った。よけいなことを口にしない朝比奈に感謝したのかもしれない。ヤザワにとってはスタンドでの失態は仲間に知られたくないところなんだ、、、 なんの利点もなく自滅に向かうだけの意地、、、 ここでも重要なカードは朝比奈に握られていた。
「いいのかよ、そんなこといって、あとで後悔しても知らねえからな。そうだな、それじゃあ勝負の方法はゼロハチだ。つまり、800メートルのかけっこだ。単純な勝負の方がわかりやすくていいだろ。クルマの性能も、腕もそんなには影響しない。その男がどんな腕前かわからないからな。うかつな勝負には出られねえ」
 どんな腕前かおれ自身もわからないからな。
「いいでしょ。ダラダラ走っても時間のムダなだけだし、単純な勝負ほど奥が深いってこともあるかもね。アンタが単純だとそう思っているならそれでいいわ」
 朝比奈はあいかわらず駆け引きがうまく、ヤツラがおれを過大評価している以上、うかつな戦いは吹っかけられず、おれがいまできる最低限の勝負に持ち込むことにできたはずだ。それに追い討ちをかけた言葉で、何を持ってして奥が深いのか、相手が勝手に悩んでくれるだろう。
 そうして
ヤツラは、口々に去り際のお決まりのセリフを吐きながらクルマに乗り込んで行ってしまった。「逃げるんなら今のうちだぜ」たしかにそうだ、理由がどうあれ解放されたんだから、律儀に戦いの場所へ顔を出すまでもないはずだ。それに朝の4時ってどうなんだ。そんな早起きできるのか、、、 早起きの心配すること自体、勝負する気ないなおれ、、、 かりにできたとして家を抜け出す口実がない。なぜなら朝の4時からは図書館は開いてない、、、 言い訳の理由がそれしかないのか、、、 そもそも、いまから家に帰っていろいろと言い訳するのだって大変なことなのに。
 ふたりきりになって、おれはもう訊きたいことが山盛りだった。どこから切り出せばいいか悩むぐらいに。だけど、朝比奈はそれを受け付けないだろう。必要なことは自分から話すはずで、それ以上は不要なことと歯牙にもかけない。そしてクルマに、運転席へ乗り込んでいった。