千寿の碁紀行

小林千寿の世界囲碁普及だより

1987年5月11日 岩本薫九段のインタビュー記事②

2012-03-18 19:19:08 | 日記

1987年5月11日 読売新聞東京夕刊】

日本囲碁界最長老の岩本薫さん。大正、昭和の二代、70年にわたって碁を打ち続け一時代を画した。盤上に石をパラパラ打つことから、棋風についたニックネームが“豆まき碁”。昭和の初めには碁界を退き、ブラジルに移住したこともある。85歳のいま、私財まで投じて海外普及に情熱を燃やしている岩本さんに話を聞いた。
    ◇
――まず、日本棋院に5億3000万円相当の土地家屋を寄付されたお話から伺いましょうか。
 囲碁を海外に普及する、というのが私の念願ですから、そのために使っていただこうと。

――効果的に普及するためのうまい方法がありますか?
 何度か海外普及をした私の経験では、まず第一に、有望な都市に囲碁センターを設置すること、第二に、そのセンターに、若手棋士が1年とか2年、長期滞在して指導すれば、囲碁人口は飛躍的に増えるでしょう。外国の人たちとの話し合いでもそういう結論が出ています。だからそのセンターの建設資金にしていただくんです。とりあえずは北アメリカのサンフランシスコ、南アメリカのサンパウロが候補地です。

――どうして私財を注ぎ込まなければならないのか、という気がするんですが……。
 男の意地もあるんです。4年前にね、日本棋院の理事会としてはサンパウロに囲碁センター建設を決めたんです。各方面の援助がなければ出来ませんので、稲山嘉寛日本棋院総裁にお願いに上がったんですが「いま中国に囲碁会館を建設中だからもう少し待ちなさい」と言われましてね。中国の方は昨年夏に完成したんですが、今度は円高で、寄付だって集めにくい。色部義明理事長にも「少し見送ろうじゃないか」と言われて……。

――せっぱつまっての私財投入ですか。
 理事会で決定したあと、私もブラジルのサンパウロに出掛けて囲碁センター建設を約束をしてますんでね。男としてやめるわけにはいかん。サンパウロでは、すでに日本の建設会社の現地出張所が、500平方メートル余りの土地を手当てしてますしね、あと1億2、3000万円余りあれば建物は出来る。私は、自分の土地建物なんて1億円ぐらいにしかならないと思っていたもんでね。それが専門家に評価してもらうと5億だなんていうもんだからおろおろしちゃった。碁打ちがいかに世間知らずかという好例みたいなもんです。個人で売ったんじゃ税金がかかる。そこで日本棋院に不動産を寄付し、財団法人の日本棋院の手でやっていただけばより有効に使っていただけますからね。

――寄贈された不動産は、ご自宅ではないんでしょ?
 外国人の宿泊施設、弟子たちとの研究会、アマチュアの皆さんの囲碁サロンなどに使っていたんです。JR電の恵比寿駅から歩いて15分ぐらいかな。私は海外普及のため、何度か外国で生活していますが、その間、しばしば家庭に泊めてもらった。ところが、ほとんどが泊めてくれるだけで、食事の世話などはしてくれない。欧米人はプライバシーを守る、なんて言われますが、これだと確かに個人のプライバシーが非常によく守られる。日本だと、家族同様の扱いをしようとするから、一日や二日ならともかく、長く続いたら家庭が破壊されちゃう。そこでこれは外人を泊める施設を作らなければならない、と思ったんです。昭和36年から7年にかけて、1年半余りにわたってアメリカ、ヨーロッパを回ったときに痛切に感じました。

――それで帰国後すぐに?
 いえいえお金がなくて。145平方メートルの土地を1000万円で買ったのが42年、鉄筋4階、約300平方メートルの建物が出来たのは44年夏です。1700万円ほどかかりました。4階が宿泊施設で、お金のない若い人は、無料で泊めて上げました。弟子の河野君(征夫四段)がまだ独身で、管理人として住み込んでくれてね。もっとも、河野君にしたって部屋のカギを渡すだけ。何時に帰って来ようと一向かまわないわけですよ。

――そんな施設が無くなったら、これから日本にやってくる外人たちが困るんじゃないですか?
 完成以来20年近く、もう役目は果たしたでしょう。それに時代も変わりました。いま日本に勉強に来る外国人は、宿泊施設の準備もきちんとして来るようです。弟子も曲君(励起九段)はじめ、みんな一人立ちして立派にやっている。応援して下さったアマの皆さんも、私の海外普及にかける情熱を認めて下さってます。(藤井 正義記者)

岩本 薫氏(いわもと・かおる)明治35年島根県生まれ。大正2年広瀬平治郎六段の内弟子になり6年入段。四段時代の昭和4年日本棋院を脱退してブラジルに移住したが、6年事業をあきらめて帰国、棋士に逆戻り。20年広島市二日市町での第3期本因坊戦挑戦手合第二局対局中に原爆の洗礼を浴びる。21年第3期、22年第4期本因坊。42年九段、紫綬褒章受章。48年勲三等瑞宝章受章。58年引退、この間、日本棋院理事長、副理事長を務める。

http://igo.web.infoseek.co.jp/cgi-bin/dailyigo2/news.cgi?mode=past&no=55

 

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落語界から見た将棋と碁の記事

2012-03-18 07:55:15 | 日記

面白い記事を見つけたので,ご紹介します。

『笠碁』立川談志師匠に偶然にお目にかかった折に幸運にも噺て頂きました。

『碁泥』平塚の囲碁イベントの折に大きな会場で拝聴させて頂きました。

 碁の魅力満載のお噺です。

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大阪日日新聞 (2012年3月17日の記事より抜粋)

四代目笑福亭円笑 東西舌鼓考

 『庶民はとお上品派』

落語の方では「大名将棋(将棋の殿様)」「洒落(しゃれ)将棋」「笠(かさ)碁」などのネタがあります。特に「笠碁」は人間国宝だった五代目柳家小さん師匠の十八番(おはこ)。また先代の金原亭馬生師匠の「笠碁」も小さん師匠の演出とは少し違い踊りの要素を取り入れた素晴らしいものです。

将棋は庶民大衆のもので、囲碁の方は旦那方、社長さんの趣味とイメージが漂っております。縁台将棋(今じゃ説明しないと、話から分らないかな?)蚊取り線香を路に置いてうちわバタバタ。こんな光景が今となっては懐かしい風物詩ですか。でも40年くらい前には普通の光景だったんですがねぇ~

そこにいくと囲碁は何となく上品で雰囲気が異なります。もちろん、将棋の名人位と同様、囲碁の本因坊位も実力制になりましたが、将棋が居酒屋の縁台なら囲碁は料亭の座敷の趣ですな。

http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/shitatudumi/120317/20120317049.html

 

 

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