美の五色 bino_gosiki ~ 美しい空間,モノ,コトをリスペクト

展覧会,美術,お寺,行事,遺産,観光スポット 美しい理由を背景,歴史,人間模様からブログします

奇想の系譜|名著レビュー|美の五色 ~50年前と思えない斬新さ

2018年12月05日 | 名作レビュー

ちくま学芸文庫の辻惟雄著「奇想の系譜」を読みました。

間もなくに迫った平成最後の2019年、早々から上野の東京都美術館で江戸絵画の展覧会「奇想の系譜展」が行われます。本のタイトルが展覧会のタイトルになるのはとても珍しいことですが、この一冊はそれだけの存在感がある名著です。

著者の日本美術研究家・辻惟雄(つじのぶお)氏は1970(昭和45)年に世に送り出したこの本で、それまであまり知られていなかった伊藤若冲らの江戸時代の絵師6人を紹介します。現在はとても知名度の高い6人の絵師の人気は、この本から始まったと言っても過言ではありません。

「奇想の系譜展」は、人気の江戸の絵師の作品が勢ぞろいすることから、来年2019年の展覧会でも指折りの人気を集めると予想されています。この本は展覧会のメインテーマそのものです。


【画像出典】東京都美術館 奇想の系譜展 展覧会チラシ1

著者の辻惟雄氏は1932年生まれで、東京大学教授・千葉市美術館館長・多摩美術大学学長・MIHO MUSEUM館長を務めた江戸時代の日本美術研究者の重鎮です。

この本が最初に世に出た1970(昭和45)年当時は、江戸時代の絵師と言えば狩野派や琳派の宗達・光琳、文人画の大雅・蕪村、円山応挙、浮世絵の歌麿といった各画派の主流ばかりがよく知られていました。現代に比べて情報の流通が圧倒的少なかったこともあり、一度形成された思い込みがなかなか変わらない時代だったように思えます。

そんな思い込みを崩すきっかけとなったこの一冊は、現代の日本美術ブームの原点となった記念碑的作品と言えます。

1970年代は、西洋絵画の方が圧倒的に人気がありました。1974(昭和49)年に東博で行われた「モナ・リザ展」は50日間で150万人の入場者数があり、現在も日本の展覧会の入場者数の不滅の最高記録です。一日平均3万人が入場し、現在の一日あたり入場者のトップである奈良博「正倉院展」の2倍の水準です。

戦後は、明治維新以来再び訪れた「欧米に追い付け追い越せ」を突き進んだ時代でした。文化においても、自国・日本のものは二の次にされる空気だったのです。現在の展覧会では、西洋絵画より日本美術の方がより多い入場者数を見込めます。半世紀の時間の経過は、隔世の感を感じさせます。

半世紀も前の文章を読むと、通常は時代背景の違いによる現代との価値観の差を感じます。不思議なことにこの本を読んでもそうした価値観の差を感じません。この点が半世紀にも渡って読み継がれている秘訣のように思えます。今では想像もつきませんが、出版当時はどれだけ斬新な文章と認識されたのか、興味は尽きません。

著者は、美術雑誌向けに気軽に書いた文章が50年も読み継がれていることに驚きを隠していません。ヒット作とは多かれ少なかれこのようなものでしょう。1968(昭和43)年に美術雑誌「美術手帖」の連載記事として文章となり、1970年に書籍化されます。2004年には文庫化されており、平成になってから火が付いた伊藤若冲をはじめとした江戸絵画の人気もあって、驚異的なロングセラーになっています。


「奇想」というタイトルが読者を惹きつける

著者が取り上げた6人、岩佐又兵衛・狩野山雪・伊藤若冲・曽我蕭白・長沢芦雪・歌川国芳は、いずれも主流から一線を画すか、特定の画派に属さない絵師ばかりです。「奇想」とは6人の絵師の強烈な個性を見事に表しています。

一般的には傍系の芸術家は「異端」という形容をされがちですが、著者はあえてそれを避けています。主流の中での「前衛」としてとらえ、特異性ではなく個性や斬新さを紹介しようとしている点が、この本の大きな特徴です。

【MOA美術館公式サイトの画像】 山中常盤物語絵巻

「絵巻物の生命は、ふつう、室町時代に終焉をとげたとされる。 ~中略~ だが必ずしもそうではないと私は思う。」 江戸時代初期のドラスティックな表現の絵巻物で知られる岩佐又兵衛を紹介するにあたって、著者はストレートに当時の常識に対して自らの仮説を提案しています。

「一種ふてぶてしい粗放さと、同時代の風俗画に通じる卑俗さが、全巻を通じて見受けられる」 又兵衛の代表作とされる山中常盤物語絵巻の描写を、伝統的なやまと絵にはない特徴として見事に言い現しています。

江戸時代の写生画の大家として、円山応挙の評価は不動です。著者はそんな評価に対しても、応挙より17歳年上の伊藤若冲の写実表現を対比させることで、若冲の”奇想”をプレゼンしています。

応挙はストイックなまでに、写真のように忠実に動植物の姿を表現しようとしました。一方若冲は写実性をはずさずに動植物の個性を強調し、あえて実際の動植物には見られない表現を部分的に行っています。若冲の絵のダイナミックさの秘密に、著者は忠実に向き合っています。

自由奔放で奇人として批判も少なくなかった長沢芦雪を、師の円山応挙がなぜ見放すことができなかったのか。芦雪の実力を冷静に分析することでその理由を解説しています。他3人の魅力の解説も、ドラマのように刺激的に進めています。

【奇想の系譜展 公式サイト】

江戸時代の日本美術の多様な魅力を見事にプレゼンした一冊の世界感が、実際の作品を集約して鑑賞することができる展覧会が間もなくです。今から楽しみです。




奇想の系譜
著者:辻惟雄
判型:新書
出版:ちくま学芸文庫(筑摩書房)
初版:2004年9月10日


________________________________

→ 「美の五色」とは ~特徴と主催者について
→ 「美の五色」 サイトポリシー
→ 「美の五色」ジャンル別ページ 索引 Portal


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 春日若宮おん祭 お渡り式&お... | トップ | 日本現代史の象徴 大連 中山... »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

名作レビュー」カテゴリの最新記事