2019年春の東京の目玉展覧会「奇想の系譜」展は静かに幕を開けているようです。特定の人気画家にスポットをあてた構成ではないこともあり、かなりの日本画の”数寄者”が集まっているように見受けられました。
- 現在の江戸絵画ブームの発端となった名著「奇想の系譜」が世に出て半世紀
- すっかり評価が定着した奇想の絵師たちの新たな個性も楽しめる充実した展示構成
- 近年発見されたばかりの初公開作品も少なからず、プライス・コレクションからも名品が続々
- 江戸時代は日本美術の多様性が受け入れられたとても”よき時代”だった
どうやってこんな構図を思いついたのだろう?、なぜこんなリアルな描写にしたのだろう?、江戸絵画のミラクルにはまって抜け出せなくなるやもしれません。
室町~江戸時代を中心とした日本美術研究の重鎮・辻惟雄(つじのぶお)は若手研究者だった頃、雑誌「美術手帖」に傍流だった江戸時代の絵師を紹介する記事を連載していました。連載を集約し、1970(昭和45)年に出版されたのが「奇想の系譜」です。
当時の江戸絵画の見方は、狩野派や琳派と言った縦割りしやすい流派別が主流でした「流派に属さないような傍流の絵師は見向きもされなかった日本美術史界に、毒を盛ろうと執筆した」と著者は語っています。確かに奇想の絵師たちは流派に属さないか、本流からははずれています。
美術展覧会において西洋絵画よりも日本美術の集客が上回ることは珍しくない21cの現在とは、隔世の感があります。だからこそ京都の細見美術館やジョー・プライスらの名だたるコレクターが、あれだけの名品を蒐集することができたのです。
著者の盛った毒が効いてくるまでは四半世紀ほどかかりました。平成の時代になって、1993年からJR東海の「そうだ 京都、行こう。」キャンペーンが、1996年からテレビ東京系「なんでも鑑定団」が、それぞれスタートします。今では辻惟雄の後継者のような存在になった日本美術研究者・山下裕二が赤瀬川源平と「日本美術応援団」を結成し、日本美術のPRを積極的に始めたのも1996年でした。
2000年には京都国立博物館で没後200年展が行われ、若冲が爆発的ブームになります。日本美術への関心は、平成になってからとても高まりまったのです。
展覧会は、「奇想の系譜」で紹介した6人に白隠慧鶴(はくいんえかく)と鈴木其一(すずききいつ)を加え、江戸絵画の多様性を一層堪能できるようになっています。8人ごとに設けられた展示室のトップバッターは若冲、大取りは国芳です。現代人の目で見て”奇想”な印象が際立つ二人を両端に配置したのでしょう。
【公式サイトの画像】伊藤若冲 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています
若冲では近年発見され初公開の二作品が目を引きました。「梔子(くちなし)雄鶏図」は若冲らしい鶏の絵ですが、どこかタッチが洗練されていません。画業間もない30代の作品と考えられており、若き日の若冲の初々しさを感じることができます。
「鶏図押絵貼屏風」は逆に最晩年の作品で、12枚の襖に墨だけで様々な鶏のポーズを描いています。画業の悟りを開いたと思わせるような優美さがあります。他、MIHO MUSEUM「象と鯨図屛風」やプライス・コレクション「虎図」など、著名作品もきちんと出展リストに含まれています。
【公式サイトの画像】曾我蕭白 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています
続いて、曾我蕭白(そがしょうはく)です。伊勢滞在時代に描いた「雪山童子図」は展覧会チラシやポスターにも採用されており、どぎつい赤と青色の対比がまさにアバンギャルドです。重文の「唐獅子図」はどこかふざけたような荒っぽいタッチで描かれていますが、蕭白らしい迫力を強く感じます。「唐獅子図」は前期展示だけで、後期は「群仙図屏風」に展示替えとなります。
【公式サイトの画像】長沢芦雪 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています
フロアを1Fに移動し、長沢芦雪(ながさわろせつ)を見ます。プライス・コレクション「白象黒牛図屏風」や大乗寺「群猿図襖」など著名作品が並ぶ中で、西光寺「龍図襖」に注目しました。2匹の龍を濃薄墨で対比させるよう描いており、かつ龍のボディや顔はとてもスマートです。見る者に”いかにも面白い”と思わせることにこだわった芦雪らしい龍の絵です。
初公開の「猿猴弄柿図」は、とぼけたような猿の表情がとても芦雪的です。この掛軸を見た客がバカ受けしている姿が目に浮かんできます。
【公式サイトの画像】岩佐又兵衛 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています
岩佐又兵衛(いわさまたべえ)では、前期の一部期間で国宝の東博「洛中洛外図・舟木本」が出ていました。又兵衛を浮世絵の祖と言わしめるきっかけとなった名品です。後期展示では福井時代の最高傑作である旧金屋屏風「官女観菊図」が展示されます。ふくよかな頬であごが長い又兵衛フェイスが洗練されています。
【公式サイトの画像】狩野山雪 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています
狩野山雪(かのうさんせつ)は展覧会の8人の画家の中では最もおとなしく見えるかもしれませんが、狩野派になかった構造を取り入れたことで知られます。天球院の「梅花遊禽図襖」は松の枝をコの字型に描いており、幾何学的構図の代表作です。松の枝を大きく描きますが、迫力を控えめにして優美さを強調するような効果が表れています。
「龍虎図屏風」は龍と虎を屏風の両端に配置し、中心には何も描いていません。狩野派としては空間を大胆に利用した構図に、山雪の個性を感じます。
【公式サイトの画像】白隠慧鶴 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています
【公式サイトの画像】鈴木其一 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています
アニメのような大胆な構図や幾何学記号で禅の世界を表現した白隠の手法は、それまでの日本絵画にはありえない手法として蕭白や若冲らを刺激しています。久松真一記念館「隻手」は「片手で拍手をするとどんな音がするか」という有名な禅問答を、実にユーモアのある手のひらで表現しています。
師の酒井抱一の洗練された表現に対し、あえてわかりやすい構図や明快な色彩を施した鈴木其一は、江戸琳派に新たな洒脱さを付加しています。エドソン・コレクション「百鳥百獣図」は、涅槃図のようにおびただしい数の生き物をとても精緻に色彩豊かに描いています。若冲の影響を受けたと解説されてり、其一の新たな個性を楽しむことができます。アメリカからの初の里帰りです。
【公式サイトの画像】歌川国芳 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています
大取りの歌川国芳(うたがわくによし)は、役者絵の歌川国貞、風景画の歌川広重とともに江戸浮世絵の黄金時代の最後を飾ったスーパースターです。ガイコツに代表されるグロテスクなモチーフの武者絵で知られています。「宮本武蔵の鯨退治」は国芳の武者絵の名品で、豊かな色彩で鯨退治の様子を大胆に描いています。鯨の肌の表現が緻密です。
名著「奇想の系譜」で辻惟雄が盛った”毒”が見事に表現された展覧会です。展示構成の充実ぶりはさすがと言えます。他の展覧会と同様、会期が近づくほど混雑してくるでしょう。お早目をおすすめします。
こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。
辻惟雄が江戸時代以外にも”奇想”を求め、日本人の”あそび”や”かざり”の精神を紐解く
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東京都美術館
奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド
【美術館による展覧会公式サイト】
【主催メディアによる展覧会公式サイト】
主催:東京都美術館、日本経済新聞社、NHK、NHKプロモーション
会場:B1F 企画展示室
会期:2019年2月9日(土)~4月7日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:9:30~17:00(金曜~19:30)
※3/10までの前期展示、3/12以降の後期展示で一部展示作品/場面が入れ替えされます。
※前期・後期展示期間内でも、展示期間が限られている作品/場面があります。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていません。企画展開催時のみ開館しています。
◆おすすめ交通機関◆
JR「上野駅」下車、公園口から徒歩7分
東京メトロ・銀座線/日比谷線「上野」駅下車、7番出口から徒歩12分
東京メトロ・千代田線「根津」駅下車、1番出口から徒歩15分
京成電鉄「京成上野」駅下車、正面口から徒歩12分
JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:25分
JR東京駅→山手・京浜東北線→上野駅
【公式サイト】 アクセス案内
※この施設には駐車場はありません。
※道路の狭さ、渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。
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