それはいつもの仕事帰りのことだった
ようやく膨らみかけた桜のつぼみが
まだ冷たい風に揺れていたが
あらがいようもなく春は
すぐそこまで来ていた
ふと見上げた眼に
ビルの間に沈む赤い夕陽が映る
(もう冬はおわったのだわ)
たくさんのガラス窓に鮮やかな反射をくりかえし
私のくるぶしまで届くひかり
それは揺れながら近づく小さなバスを
一枚の赤い布に染めていた
少し疲れていただけで
祈りたいほどの思いがあったわけではない
ただ
降りてきた夜の闇に紛れて
次第に輪郭を失っていった
小さなバスの後ろ姿が
いつまでも私の目の中で揺れていた
(すぐに行ってしまったのに)
ひとときはこうやって
なにげなく過ぎていくが
日常の中には
紙くずほどの永遠が潜んでいる
それは
夕暮れの中を赤い小さな点になって
消えていったバスの後ろ姿にさえ
そうして
ひとは
遙かなものに出会うことがある