音信

小池純代の手帖から

雑談51

2023-01-30 | 雑談
風巻景次郞『中世の文学伝統』を見ていたら、こんな
表記に出くわした。

  風をだに   恋ふるはともし、
  風をだに   来むとし待たば、
         なにかなげかむ。(鏡王女)


これは短歌、これで短歌。
といっても、歌謡の時代をひきずった初々しい
「うた・和歌」の色濃い時期のもの。

「なんてモダンな」と思ったのだが、
万葉集でも早い時代の歌なのだった。

 ♪風をだに   ♪風をだに
   恋ふるはともし 来むとし待たばなにかなげかむ


極端なことを言えば「風をだに」がなくても、言いたいことは
残りの七七七だけでもわかる。
「風をだに」五音の繰り返しを、合いの手とかバックコーラス
(ほぼ無意味な♪わわわわ~的な)とか考えたら
この一首は小さな合唱曲なのではなかろうか。

今風の言い方にうつしてみると、

 風をさへ焦がるる心うらやまし
 風を待ちおとづれを待ち
  なにをかなげく

あまり変化なし。数百年ぐらいは動いたかも。

  †

万葉集では、この歌の前に額田王の一首があって、

 君待つとわが恋ひをればわが屋戸のすだれ動かし秋の風吹く
                      額田王

 風をだに恋ふるはともし風をだに来むとし待たばなにかなげかむ
                      鏡王女


二首セットで二回(四巻「相聞」、八巻「秋相聞」)登場する。
まつわるエピソードは考えないことにして読んでみると、
前者が「語り」、後者が「歌謡」担当のコントのようでもある。
ぼやいているのか、誇っているのか、
励ましているのか、皮肉っているのか、
恋心の各自の形態を競い合っているのか、よくはわからない。

なにぶん、すごく昔のことなので。







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