雑談19
2021-09-01 | 雑談
『雪竇頌古』に『趙州録』からの引用があった。
挙。僧問趙州、如何是趙州。州云、東門南門西門北門。
「挙。」は「引用しました」の目印。
句の意味は非常にシンプルで、だいたいこんな感じ。
僧が趙州に問うた。
「趙州とはどのようなものですか」。
趙州は言った。
「東門南門、西門北門」。
「趙州」は、
「趙州従諗:じょうしゅう じゅうしん」、唐の禅僧の名前でもあり、
いまの河北省西部にあった都市の名前「趙州:ちょうしゅう」でもある。
「横浜中華街とはどのようなものですか」と尋ねて、
「東に朝陽門、南に朱雀門、西に延平門、北に玄武門」
と答えたら親切かもしれない。
「東に東門、南に南門、西に西門、北に北門」は
果たして答えになっているのかどうか。
このにべもない答え方、そして「東門南門、西門北門」から
連想されるのが、
「雲 長歌並びに反歌一首」『石榴が二つ』より
作者の記憶や意識のどこかに、趙州の公案があったのかどうかはともかく、
この長歌の対句構成は長歌らしくもあり、漢詩らしくもある。
「白のかがやき」から「かがやきの白」への乗り換え方や、
「ほがらかに寂しき」のオクシモロンのとぼけ方は
禅っぽくもあり、俳諧っぽくもある。
東門 西門 南門 北門
縦表記の門四つのあとの
「かの市や その人や」から
「越えゆくは誰そ 去りゆくは誰そ」に至るまでの
押韻と反復のうたいっぷりを、にこにこと堪能したあと、
東門
西門
南門
北門
横表記の四つの門。
縦横クロスさせれば立派な都大路の完成だ。
ここはくすくす笑っていいところだろう。
ダンテの『神曲』「地獄の門」の連想も働くが、
この日頃、地獄のことは考えたくない。
「うすうすとくれなゐ」の微笑を帯びて読みたいと思う。
玉城徹『石榴が二つ』