この短編集の作品のいくつかを過去のブログで取り上げてます。
それだけ自分の心に響く作品が多いのです。
今日は、会社が倒産して職を失った男を淡々と描く『ここが青山』を紹介します。
今のご時世にありそうな話ですが、これが書かれたのは2006年、まだまだ余裕がある時代でした。
妻の職場復帰が容易に出来、男は主夫となって幼稚園に通う息子のお弁当作りを始めるのです。
妻も子供もとても優しくて、彼の苦しい立場を理解してくれています。
さて、最初は失敗続きだった主夫業に彼は段々ハマっていくのでありました。
この物語全体が細々とした家事の描写で埋められてます。
お風呂掃除のノウハウ、タルタルソースに一手間かけて美味しくする調理法、などなどかなり詳しい。
多分作者は同様の経験をしたにではないでしょうか。
周りの人々は彼の状況を「気の毒に」と受け入れてくれてます。
全然波乱はありません。
物語を通して、職を失った葛藤や、夫婦間の感情の波、子供の心の変化、といった深刻な心理描写は皆無です。
この物語最初に読んだ時、どこにこれを取り上げる価値があるのかと思った程、物足りない思いをしました。
しかし、今読み返すとこの主人公の思いを抵抗感なく受け入れることが出来ます。
結構深い事言ってるなと思えてきたのです。
彼を慰めて、
「人間いたるところに青山あり」という言葉をかけてくれる人がいます。
この言葉、ちょっと聞くと
「にんげんには何処にでもあおいやまの如き生き場所がある」
と解釈してしまいそうです。
私もそう思ってました。
ところが、この言葉の読み方は
「じんかん、いたるところにせいざんあり」
で意味は
「別に故郷で無くても、世の中、何処にでも骨を埋める場所がある」
という事だそうです。
「青山」とは墓場という意味だそうです。
人生の多様さを認めている言葉なのですね。
この物語では、主人公は元の同僚から新しい仕事を勧められます。
希望のある明日が控えている訳です。
しかし、彼はその日の夕食作りに熱中しながら、台所で「ここが青山」と呟くのでした。
コロナ禍の中でこの物語を読むと、先を見越されたような不思議な印象を持ちます。
それでも、救われた気分になります。
青山とは別に仰々しく考える必要の無い所かも知れません。