
台風が近づいてきた。
通過するコースを分かり易く説明しなくてはいけない。
奈央子の出番が近い。
リハーサルは充分、夕方の本番はもうすぐだ。
キャスターの二宮辰巳はいつも真面目くさった顔をしてる。
奈央子が挨拶しても、にこりともせず会釈するだけだ。
メインキャスターの都村沙織はツンと澄まして辰巳に寄り添う。
又二人ともシカトしていると、奈央子は傷ついてしまった。
奈央子の抑えに抑えていた何かが切れた。
「ちょっと外に」
言うが早いか身を翻した。
裏手から出るとムッと熱気が包む。
奈央子は迷わず角の自販機の前まで歩いて行く。
ただの自販機ではない。
独身の男性社員などが勤め帰りに買う酒缶の自販機なのだ。

実は奈央子は下戸である。
小ジョッキ一杯のビールで真っ赤になって陽気に騒ぎ立てる。
これが面白くて、学生時代の仲間は彼女を飲みに誘った。
今は遊んでる時でないし、飲んだらどうなるかよく分かっていた。
だが、奈央子は缶ビールを手に入れた。
よく冷えたビールが喉を気持ち良く通り抜ける。
「ウイー。バカらしくてバカらしくて、呑まずにやってられないの!」
勿論心の中で叫ぶだけだが、奈央子はかなりいい気分になってきた。
だが、放送開始時間は迫っているのだ。
前後の見境もなく、勤務中に飲酒したのは、これも暑さのせいだろうか?
彼女は自分の顔がみるみる桜色に染まっているのにも気づかず、スタジオに急いで戻った。