読書の森

忘れられない営業マンたち その3



女性の声は落ち着いていたが、要は私用の電話である。
携帯など無い時代、家庭持ちの男は会社の電話を愛人に教えてしまったのだった。

電話は一括私が回すから、経過が丸わかりになった。

「お互い大人なんだからさ。諦めようよ」
苦しそうな表情の彼に比べ、平然と女性は会社に何度も電話をかけてくる。
水商売の女性なのか、客先の会社の女性か、判然としなかった。

会社は上り調子であるが、彼は日に日に痩せてきた。

「大人の恋とは窶れるものだね」とたいして同情もしなかった。
大体こちらはその入口までも到達してない。

道ならぬ恋と言う禁断の果実を味わった当然の報いと思ってた。




しかし、驚いた事に、彼は時ならずして会社を辞めた。
秋風が吹く頃だ。

初めて追い詰められたのだ、苦しかったんだと同情した。

その年のクリスマス、彼は小さなラーメン屋を始めた。
所属した営業課の連中と食べに行った。
見違える様に若返り生き生きした彼はコック帽を被って、闊達に応対していた。

ラーメンはお世辞にも美味しいと言えなかったが、彼の勢いに皆圧倒されていた。

バブル真っ盛りの時、彼は中華料理チェーンのオーナーとして、課員をディナーに招待した。
どっしりと貫禄のついた彼の頬は桜色に火照っていた。

一貫してこの人を男として見た事はなかったが、かなり危ういものを感じていた。

人の心配する余裕もない身だが、バブル崩壊の後、彼はどこでどうしているのだろう?

読んでいただき心から感謝いたします。

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