読書の森

宮部みゆき 『火車』



「火車の、今日は我が門を、やり過ぎて 哀れ何処へ、巡りゆくらむ」
中世の古歌の一節だ。

自らの意志でなくて火の燃え盛る車に乗り、逃げようとしても逃げられない女性がこの物語のヒロインである。

私が『火車』を読むのは二度目である。
一度目は1990年代の終わり、図書館で借りた。
今回は宮部みゆきの本、それも『火車』を読もうと著者の他の作品と共に買い込んだ。

以前の倍以上の時間をかけて読んで、気がつかなかった細部の描写の巧みさに驚いた。
宮部みゆきの高い評価をもたらした決定的な作品だと言われる。

これは、悲惨な過去に追いかけられ、もがいて挙句に罪を犯す娘の物語である。



怪我で休暇を取った刑事に舞い込んだ相談、それはエリートの甥の恋人が謎の失踪を遂げた事件だった。

この事件に興味を持った刑事は、社会の深い闇に触れる事になる。

著者が執筆した1992年は、携帯が高価過ぎて一部の特権階級の持ち物だった。
性能も今と比べ物にならない程劣っていた。
つまり、ネット社会を未だ見ていない。
そして、又バブルが弾けた翌年でもある。

この時代にカード破産した人、住宅ローンが完済出来ずに自滅した人は実に多かった。
作品はこの残酷さを嫌というほど描いている。

そんな時代なのに、今読むとまるで遠い昔の物語を読んでいる様な長閑さがある。
作品中で息づく庶民の心情は嘘の様に優しい。
宮部みゆきのどの作品を読んでも、根底にあるのが貧しい者虐げられた者に向ける暖かい眼差しがある。
グロテスクな殺しと全くそぐわない庶民の日常的な暮らしが、身近なリアリティを持っている。

読んでいただき心から感謝です。ポツンと押してもらえばもっと感謝です❣️

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