
「なあに、こんな所に呼び出して」
原文香は口を尖らせた。
スラリとした肢体と可愛い表情、小気味よい口調が魅力的な女性である。
そこはこの地区で一番整備された図書館である。
図書館の敷地の中に小さなレストランがある。
安価でいかにも簡素な、学生客が多いレストランに呼び出したのは恋人の能村優である。
モデルに間違えそうなイケメンだが、冴えない服装が邪魔をして、陰気な印象を与える。
二人は学生時代イベント会場でのバイトで知り合い、社会人になった今も付き合っている。
恋人というより、身体も許し合った友達の様な関係だった。
当然会う時は夜が多く、会う場所も違った。
二人の関係を知る人はいない。
「ごめん。実は読書家の君に折り入って相談したい事があってさ」
「読書家たって私ミステリーしか読まないよ」
「それなんだ。ミステリー小説で培った知識を聞きたいんだ」
「何それ?」
「俺、上手に人を殺したいんだよ。その方法を研究したくて」

瞬間、文香はフリーズした。
優は文香の強張った顏をみて笑い出した。
「小説だよ。驚かせてごめん、ネットミステリーに応募しようと思ったから。
文香も知ってる様に俺の給料少ないだろう。
副業というと限られるしさ、文章作るの好きだから、懸賞小説に応募して賞金稼ぎしようかと思った」
文香も笑い出した。
「ビックリするじゃない。まあ、優は文才あるからな」
「今の世の中の憂さを払う様な凄えミステリーが書きたいんだ」
優は、苦い笑いを浮かべた。
それは、文香の好きないつもの優の顏だった。
一流ホテルに勤める文香と違い、優は業界新聞のフリーランスの記者で薄給に喘いでいる。
文香が優を深追いしないのもそれが理由だった。
お互い心と身体の相性がどんなに良くても結婚はできないと、彼女は思っていた。