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同じ会社の人事部に勤める梨花は、快活で頭の良い女性だった。
どこか母と似た印象を受ける。
その女がこんなあけすけな物言いをするとは思わなかった。
黙り込む俊を梨花は心配そうに見た。
「ごめんね。酷い事言って。
でも」
一息ついて、彼女は思い切った様に言う。
「あなたのお母様、恋人がいるの。私見たんだもの」
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俊は母に梨花を会社の同僚として紹介した事がある。
梨花は大手町で国鉄に乗り換える。
その地下鉄構内で、典子に似た女性が男に寄り添って歩くのを見たと言う。
一瞬人間違いかと思った。
しかし、それとなく跡をつけて、典子に違いない事を確かめた。
以下は梨花の話である。
相手の男は言った。
「典ちゃん、今度どこへ行こう?温泉がいいか」
典子は顔を赤らめた。
「そんな事出来るかな」
「出来るさ。今までだって出来たんだ」
そこまで聞いて俊は梨花を遮った。
「嘘だ。聞きたくない。なんかの間違いだ!」
「浅岡君、もういい加減にお母さんを自由にしてあげたら」
「うるさい!家のおふくろはそんじょそこらの女と違う!」
俊は顔を真っ赤にして怒鳴った。
梨花とはそれっきり口をきいていない。