バブル崩壊の後遺症は残るものの東日本大震災もコロナも無い時代、ミステリーの持つ毒素が非常に少ない印象があります。
その中でも「これってミステリー?」と言う作品、不知火京介の『あなたに会いたくて』を紹介します。
主人公は盲人で完全に過去の記憶を喪失してる。
マンションの階段で倒れていた彼を助けた謎の女性、優しく手厚い看護と家庭的な食事、居心地の良い彼女の部屋。彼は何故かひどく懐かしい感じを受ける。
暖かく柔らかい彼女に包まれて、眠りにつくが、決して男と女の関係にはなれない。彼女に厳禁されているからだ。
それでもグッスリ安眠出来た。
一体この不思議な女は何者なのか?そして彼はどうして記憶を失くして行き倒れの様になってしまったのか?
休日に二人は動物園に行く。ピクニック気分でお昼を食べた後、ポカポカ暖かい日差しに包まれて彼は寝入ってしまった。
休日に二人は動物園に行く。ピクニック気分でお昼を食べた後、ポカポカ暖かい日差しに包まれて彼は寝入ってしまった。
そして、彼は保護されて本当の家族の下に返されるのだ。妻と二人の女の子、母。兄弟はいない。彫刻家の彼を助ける美術教師の妻、甘える子供、皆彼が戻った事を喜んでいるが、記憶喪失の彼は違和感を感じてしまう。
妻とベッドを共にしても「知らないおばさん(妻)に抱かれながら帰ってこない母親を待ち続けている子供のように心細かった」。
短い間だったが一緒に暮らした謎の女性が忘れられないのだ。
名前も顔も知らない、その温もりだけが強烈な記憶に残っている。
名前も顔も知らない、その温もりだけが強烈な記憶に残っている。
そして、、記憶が蘇った時、彼は彼女の正体を知る。再び探して懐かしいマンションを訪ねた時、女は転居した後だった。仕事場も変えていたのだ。
彼女は彼の幼い頃に父と離婚して、ずっと会えずにいた実の母だった。今一緒に暮らすのは育ててくれた義理の母だった。
彼はこの母を探し歩く内に辛かった幼い頃だけでなく過去の記憶を全て失ってしまったのだ。
やっと気づいて「おかあさん」と声に出した後、彼は現在の自分の家族への愛情が奔流のように湧いてくるのを感じた。
作者に申し訳ないですが、ほぼネタバレの内容となりました。
ただ、細部にわたって細やかな神経の配られた作品で一読の価値があります。
私は女ですが、この男性の気持ちが痛いほど伝わってきます。幼い頃他所に預けられた時「いつかきっと会える」日を支えにしていたからです。疲れ切っていた両親と再会でき、現実は甘いものでないと知りました。
生きる場所を求めて両親が悪戦苦闘していた所が神戸です。生活は苦しかったけど景色のきれいな神戸に憧れているのは、子供の頃の切ない思いが残っているからでしょうね。
ずっと自分の持つ強烈な思いを代弁してくれたような小説でした。
追記:だから神戸に住みます、という事でないのですよ。