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1か月後、文香は水死体として発見された。
死体は腐乱して海に浮かんだ状態で見つかった。
文香の住む街には海浜公園がある。
文香は公園近くのマンションに住んでいた。
公園は海に直接面して、その外れにひと気のない急勾配の場所があった。
人が滑り落ちた痕跡が見つかり、文香はそこから落ちたと見られる。
捜査の結果、文香の自宅から遺書が見つかった。
机の上に畳んで置かれた純白の便箋に細く綺麗な文字で書かれていた。
「本当に愛する人と結婚出来ないなら死んだ方がマシだと思う。しみじみ疲れ切ってしまった。文香」
1LDKの小綺麗な部屋に争った様子もなく、整頓されていた。
遺書の筆跡は本人のもので、指紋も本人のものしか見つからない。
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遺書は簡単過ぎるし、文香が最近悩んでる様子は見られなかったと、勤務先の同僚は首を傾げた。
文香の両親は兄夫婦と共に富山に住む。
文香の無惨な死について、ただ茫然としている様子だった。
実家には正月に帰省するだけで、彼女は一人暮らしを楽しんでいた様だ。
「しっかりとした手のかからない子でした。東京の大学を卒業して希望の勤め先に入って、元気にやってると思い込んでました」
小柄な母親は、窶れた表情で応えた。
親しい友人の話では文香はプライベートな恋人について一切打ち明けないが、かなりモテる様子だったという。
「上手に恋人の掛け持ちしてるみたいでした。文香さんって悪女ねって言ったら、笑っているだけなんです」
吉岡紫乃という友人は憮然とした表情だった。
文香の所持金も宝石も何一つ無くなっていない。
強盗殺人の線は消えている。
確かに恋の縺れや、嫉妬から殺されるケースは考えられる。
自殺とするとその理由が見つからない。
それにしても、どうして「遺書」が残っていたのだろう。
事故、自殺、他殺と多方面から捜査は勧められた。
まず文香の交友関係をもっと深く探る事に捜査陣の意見が一致した。