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明日のひな祭りを知っているかのように、桃の花がびっくりする程多くの蕾を綻ばせました。
ストーブをつけた室内でぬくぬくと育っているせいか、開花が早いのです。
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それに比べて、今日一日冷たい外気に当てていた鉢植えプリムラはいつもより大人しめに固まっています。
暖かい日光を浴びると、お行儀は悪いのですが自由に伸び伸び咲いているんですけど。
両方とも若い花です。
それだけに、とても外界の影響を受けやすいと言えましょう。
ふと、可塑性のある花々から、子供を連想してしまいました。
植物は自分で動けないのですが、動物である子供たちは文字通り動くものです。
今日お使いに出て、いつもは見かける子供(高校生を含む)の姿を殆ど見ないことに気づきました。
外に出たい盛りの年頃に外出禁止令みたいなのが出ているのは、それぞれの命を守るためとはいえ、非常に残酷なことに思えます。
再び読んだ『三屋清左衛門』の世界は大人の恋もあり、お家騒動の派閥争いもあり、清左衛門自身が命をかける場面もありますが、基調は落ち着いた諦念が流れています。
自分らしく生きるという基礎ができた老人に比べ、子供には未知の世界が多すぎます。
閉ざされた世界をすべてだととらえてしまったら、あまりにも可哀そうです。
とんだ、なっていない『三屋清左衛門』の感想になりました。
本当に申し訳ございません。
ただ、今無性に手塚治虫の作品や小さなころの恋のときめきを伝えたい気持ちがあります。
まるで、閉じ込められたアンネフランクのような気分を想像してしまいました。
相手はナチスならぬ、姿の判然としない新型コロナウイルスです。
どうか、一日も早く世界中から退散してほしいです。