『向田邦子ふたたび』は昭和時代に図書館で借りた本です。
入手してワクワクしながら目を通すと、昔と異なった感慨があります。
彼女の生きた時代が本当に遠くなってしまったと言う思いです。
直木賞をとった翌年台湾旅行中に航空機事故で爆死した彼女、あまりに衝撃的な死に家族は勿論、友人、知己、仕事関係者、ファンことごとくひどい喪失感に襲われました。
向田邦子さんは、自立した「おひとりさま」の生き方を貫いた女性ですが、恋する大人の女の魅力いっぱいの人でした。
茶目っ気たっぷりの、好奇心の強い、料理上手の、爽快感を与えるキリリとした才筆、そして大の猫好きの彼女は男女を問わず、人を惹きつける魅力があった様です。
それも人によって受ける印象が異なる点が興味あります。
ここに収められた写真を具に見て、彼女は様々な顔、さまざまな側面を持った人だったのだな、としみじみ思いました。
20代半ばの出版社勤めの頃、頭が良く感受性の鋭い少女の面影が残ってます。
この方、凄く凝り性だったみたいで、若い頃黒に凝り黒い洋服ばかり着て「黒ちゃん」の仇名があったそうです。
写真を見ても相当オシャレな姿が残ってます。
グッと大人になって、人気シナリオライターの頃。スタジオ内でしょうか。
グッと大人になって、人気シナリオライターの頃。スタジオ内でしょうか。
港区のマンションで一人暮らしを始めたそうで、優雅なセレブ感が漂ってます。
ところが、、住まいの近くで買い物をする彼女はまさに「おかみさん」然としてます。裸足にサンダルばきが多かったそうです。
ところが、、住まいの近くで買い物をする彼女はまさに「おかみさん」然としてます。裸足にサンダルばきが多かったそうです。
昭和55年7月直木賞受賞。
「突然現れてほとんど天才である」と絶賛されてます。
その感動の余韻が冷めやらぬ時、彼女は空に散ってしまったのです。
葬儀の後、文学仲間が集まり、飲み、思い出を語り、最後に肩を組んで「戦友」を歌うのです。
軍国主義者と程遠い人ばかりなのに、「戦友」をがなりながら、ぼろぼろ涙を流してたそうです。
自立してるんだけど、思い切り古い女の向田邦子さん、その生き方も魅力的ですが、何より魅力は小気味が良くキレる文章です。
読後、スーとする快感があるので、コロナ禍のモヤモヤを忘却するためのお薬としてお勧めでございます。
向田邦子の時代、その最中には全然気づく事はありませんでしたが、ユートピアだったみたいですね。彼女はその中を飛び抜けて去っていってしまいました。