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随筆「顰みに倣う」日本文藝家協会に寄稿

2013年07月30日 | 新聞.雑誌.テレビ.ラジオ

「顰みに倣う」上山明博(『文藝家協会ニュース No.735』日本文藝家協会、2013年7月30日所載)
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随筆「顰みに倣う」    上山 明博

2013年07月29日 | 寄稿
「顰みに倣う」ということわざがある。周知のとおりこの言葉は、西施という名の絶世の美女が胸の病のために苦しげに眉を顰めたところ、それを見た醜女が自分も眉を顰めれば美しく見えると思い真似たが、それを見た人は気味悪がって門を閉ざしてしまったという『荘子』の一節からとったものだ。
 ところで、「日本人は物真似に長け、創造性に欠ける」といわれて久しい。明治六年に英国から来日した東京大学のお雇い外国人教師バジル・チェンバレンは、日本人を「ひじょうに模倣好きの国民」と自著『日本事物誌』に記すなど、すでに明治時代から日本人は模倣好きと揶揄されていたらしい。
 ほんとうに日本人は創造性に欠けるのだろうか? それを検証するため、歴史をひもとくと、一般にはあまり知られていない無名の日本人によって画期的な発明や発見が行われていた事実を、多くの分野で散見した。
 そうして私は、例えば夏目漱石に大きな影響を与え、世界で初めてうま味物質を単離した化学者の生涯を描いた『「うま味」を発見した男─小説・池田菊苗』(PHP研究所)を上梓し、また、地震学を牽引した二人の学者の論争の顛末を活写した『関東大震災を予知した二人の男─大森房吉と今村明恒』(産経新聞出版・八月刊)を、多くの関係者の取材協力を得て執筆中である。
 こうした取材・執筆活動を通して私は、画期的な発見や創造的な研究の多くは、実は、尊敬する恩師や敵対するライバルの方法を模倣することからはじまったことに驚かされた。
 浅学をさらすようで恥ずかしいが、「顰みに倣う」には、否定的な意味のほかにもう一つの使われ方があることを最近知った。広辞苑にはないのだが、先人の立派な行いを自分も見倣って行うことを「先人の顰みに倣う」と謙遜していう場合があるという。
 けだし、日本人に創造性がないのではなく、日本人による多くの画期的な成果を正当に評価せず、歴史に埋もれさせてきたのもまた、私たち日本人だったのではないか。
 これまでほとんど光が当てられることのない、真に創造性豊かな多くの日本人がいたことを、一人でも多くの人に伝えたい、と思うゆえんである。先人の顰みに倣うために。   〈作家〉
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