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徳蔵寺 板碑保存館へ

2011-05-28 14:22:26 | 自転車
24日火曜日の事。

10時半頃起きたときはまだぐずついたお天気だったが、お昼頃には陽が出て路面も乾いていたので、また「こせがわ」さんに行きたいと思い立ち1時頃に出かけた。

平日なので先週末の様には混雑していなかったが、お客さんは何組かお食事中だった。



ざるの特盛りに糧をお願いした。
この日もさっぱりおいしくいただけた。

メニューに「揚げたてカレーパン」というのが有って気になったが、さすがにそれは満腹で食べられなかった。

店の準備に入るまでまだ時間が有ったので、こせがわさんから程近い徳蔵寺の板碑保存館へ行ってみることにした。
前々から行ってみたかったスポットだ。
いよいよ本物の「元弘の板碑」に会うことが出来る。

社務所で入館料200円をお支払いして、靴を脱いでスリッパに履き替え入館する。
さすがにあまり訪れる人は多くは無いらしく、入り口の人感センサーで電灯が点く。
2階建ての建物の1階部分は序章と言った感じか、土器や石器、古い東村山の地図、日露戦争時の砲弾、国分寺の瓦、古銭などこれらだけでも30分以上かけて拝見させていただいた。

あっ、「写真撮影禁止」とは書かれていなかったが、常識的にダメだろうと思い撮影は控えた。ご興味が有る方は是非その目で....。

2階に上ると階段の正面に目的の板碑は有った。ガラスケースの中に入っていた。
ふるさと歴史館のレプリカより大きく見えるように感じた。
レプリカは青や緑の石だったが、思いの外黒い石だった。
秩父石と呼ばれ、その昔秩父辺りで産出された青石、緑泥片岩(りょくでいへんがん)が使われ青石塔婆とも言われるのだが、光の関係か変色したのか黒っぽく見えた。

その隣には新田義貞が稲村ヶ崎で剣を海の龍神に捧げる図絵が有る。
ああ、これは素敵な絵ですね。

あまり没頭して見過ぎたせいか、途中時間切れで照明が落ちる。
入り口まで戻り、センサーの所へ行くと再び点く。

また、二階に戻って......。
元弘の板碑の他にも沢山の板碑が置かれている。
それらはケースに入っていなくて露出している。
まあ、元々は外の雨風に晒される様な地面に刺さっていたものですから。
資料の写真によると、昔は元弘の板碑もガラスケースに収められて展示はされていなかった様だ。

他、宝篋印塔や五輪塔などが二階には展示されている。
そして閲覧用に「新田義貞鎌倉攻めと徳蔵寺元弘の板碑」という資料が有り、それをパラッと目を通して「これを買って帰ろう」と思い板碑保存館をあとにしようとする。

階段を降りて、入り口まで行きドアノブを回すがドアが開かない.....。
「あっ、閉じ込められた.....」
ドア上部のオートロックシステムのカギが掛かっていて、開けられない。
そういえば、さっきから「ガチャンガチャン」何度もロックをする音が響いていたけれど、展示を見るのに夢中でこんな事になろうとは考えて居なかったなぁ。

南側正面の通常出入りしないであろう観音開きの扉が開くか試してみよう、ダメだったら携帯電話で救出を請うか....。

正面の扉のカギは内側から開けることが出来、扉を開いてベランダに出ることができた。
ベランダを渡って正規の出入り口付近まで行き、手すりを乗り越えて脱出成功。

スリッパから自前の靴に履き替えて、社務所に向かい資料を購入。



資料の表、裏の表紙は新田義貞が稲村ヶ崎にて献刀の図である。

「出入り口のドアが開かなかったので、正面から出ました。あとで正面のカギをかけ直しておいて下さい。」と告げる。
「スミマセン、最近システムの調子が悪くて...」と言っておられた。

さて、自転車の所に戻ってまだもう少し時間が有る。
もう一つ調べてみたい所が有るんだな。
旧鎌倉街道だ。
それはまた別投稿で。

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