脚本家の山田太一(やまだ・たいち、本名:石坂太一)さんが11月29日、老衰のため逝去した。89歳。
早稲田大卒業後、1958年に松竹に入社し、木下恵介監督に師事。65年に退社し、脚本家としてテレビの世界に入る。
鶴田浩二さん演じる元特攻隊員の警備員と若者たちのぶつかり合いを描いた『男たちの旅路』シリーズ(76年)、家族の崩壊と再生を描いた『岸辺のアルバム』(77年)、NHK大河ドラマ『獅子の時代』(80年)など、テレビ史に残る名作を生み出した。
大学生らの青春群像を描いた『ふぞろいの林檎たち』(83年)は同世代の若者の共感を呼び、パート4まで続く人気シリーズとなった。
先日、名作ドラマシリーズ『ふぞろいの林檎たち』の第5部(パート5)や『男たちの旅路』の未発表回のシナリオがあったことがわかって、できることなら続編を見てみたいとも思ったけれど、この未発表シナリオが書かれてから約20年が経過しているようで、「林檎」たち(当時の役者さんたち)はもう60代に差しかかっている。
でも最近テレビドラマ等に出演している「林檎」たちの多くがおじいちゃん、おばあちゃん役やっているから、山田さんの未発表シナリオ(40代の彼ら)パートVをベースにして、シニアになった「林檎」たちのパートⅥをAI(山田イズムを踏襲した)脚本で企画されたらおしろいんじゃないかな
「林檎」たちの一人、高橋ひとみさんが先月(11/10)「徹子の部屋」に出演していてテレビドラマデビューが『ふぞろいの林檎たち』だったこと。
恩師の寺山修司さんと早大時代の親友・山田太一さんとのエピソードも話されていて興味深かったので以下に(高橋ひとみさんのトーク)メモしておきまーす。
『ふぞろいの林檎たち』に売り込んでくれたのは寺山さんだったんです!
テレビドラマに出ることになったのも寺山さんのおかげです。早稲田大学時代の親友だった山田太一さんが『ふぞろいの林檎たち』という若者の群像劇を書くと聞いて、寺山さんが「高橋ひとみを出してもらえないか」と、何十年も会っていなかった山田さんのお家まで行って頼んでくれたそうです。それで、もともとなかった“伊吹夏恵”という役をつくってくださったと、寺山さんが亡くなってから聞きました。
第1話の台本を見て、寺山さんは、「すばらしい役だから、これでテレビの仕事が続かなければ、もうやめなさい」と。「本読み」という最初の顔合わせに向けて、台本読みの稽古にも付き合ってくれました。「本読み」が終わると、今度は「山田に何て言われた?」「じゃあ、もう一回練習しよう」と言って、一生懸命になってくれました。でも、1話のオンエアを見る前に亡くなってしまった。1話と2話の台本を棺に入れ、お見送りしました。
余談ですが、黒柳徹子さんはアマルの大先輩、高橋ひとみさんはアマルの後輩です。
というのはアマル含めて3人とも東京の大田区立A小学校に通っていたから
でもトットちゃんはその小学校を1年生のとき退学させられた。高橋さんは卒業されてるけどね。区立の小学校なのに当時は田園調布小学校や山王小学校とともに、大田区の三大ブランド校なんて云われて他区からの越境入学者も多かった(アマルもその一人)...それはそれとして
若い頃から山田さんのファンで、アマルが30代の頃、赤坂見附駅で偶然お会いしたこと、あのときサインをお願いすればよかったと今も後悔しています
ご冥福をお祈り申し上げます。
ふぞろいの林檎たち 最終回 胸をはっていますか
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます