ドーベルマン刑事とスーパーブラックホーク
我が家の家宝である平松伸二先生肉筆ドーベルマン刑事Tシャツ。並べてニンマリするため、ドーベルマン刑事と言えば、のスーパーブラックホーク.44マグナムを手に入れました!
上がコクサイのスーパー・ブラックホークです。昔は超・ブラックホークとして結構ドヤっていた様ですが、ニューが出ちゃったのでオールドといわれたりしています。
下がウェスタンアームズのニュー・モデル・スーパー・ブラックホーク、日本語でシン・超・ブラックホーク、次世代型なのでニュー・モデルなのです。
ぱっと見は同じですがニュー・モデル・スーパーは2本スタッドで、スーパーは3本ネジです。
ドッキリ!作画ミス? Toshiの指摘
1999年10月号の月刊Gunにおいて、Toshi氏がそのものズバリ、“スーパー・ブラックホーク イン 「ドーベルマン刑事」“という記事を書いた。さらに10年後の2009年9月号、Toshi&読者名義で“あの銃に会いたい スターム・ルガー・スーパー・ブラックホーク“ においてもToshi氏の写真とキャプチャ、読者の寄稿によりドーベルマン刑事とスーパーブラックホークについて語っている。
そして両記事において、漫画ではニュースーパー・ブラックホークと紹介されているのに3本スクリューのオールド・タイプが描かれている事、シリンダーをスイングアウトしている事と2点を作画のミスで有ると繰り返して指摘した。本当にそうなのか?筆者は真実を確かめ、平松伸二先生を弁護するために調査を始めた。
ドーベルマン刑事第一話 少年ジャンプ1975年No.36 9月8日号
第一話の扉絵とGun誌
筆者は連載第一話が掲載された1975年の週刊少年ジャンプの入手に成功した。この迫力のある扉絵をご覧いただきたい。そしておお!なんと!この扉絵ではニュー・モデルの証し二本のスタッドは確かに描かれているではないか!さらに劇中ブラックホークの横顔が何度かでてくるが、当然スタッド2本である。第1話ではドーベルマン刑事のスーパー・ブラックホークはニュー・モデルなので有る。これで充分である。オールド・モデル疑惑は全くの冤罪なのである。なお、この記念すべき第1話の扉絵は筆者の手許のジャンプ・コミックス第1巻には何故か掲載されていない。おそらくその後の出版物にも掲載されずに現在に到っていると思われる。
スタッド2本のニューモデルに見える。
有名なあのページ
確かにやっちゃってる。ニュースーパーブラックホークと書いて有るが、銃はニューともオールドとも判別できない。ブラックホークでも無いのかもしれない。シリンダーも左手側に振り出していてブラックホークにこれはあり得ない(右側だったらまだ弁明する余地はあった。だいぶ苦しいが)。空ケースも.44マグナムっぽく無い。
漫画の諸元表はミリ、グラム表記。Gun誌1975年5月号タークの記事はインチ、オンス表記だった。米国のGunDigestと同じ数値だったので実測値ではなくカタログ数値だろう。だが不思議な事に、電卓で換算した数値が漫画の数値とどれも微妙にちがってしまうのである。
うーん、このページはかなり酷い。何処から引っ張ってきた資料を用いたのだろうか?
スーパー・ブラックホークの参考資料は何だったのか?
当時のモデルガンで平松伸二先生がドーベルマン刑事の第一話を執筆中の1975年に参考資料に出来たブラックホークは、同年発売のWAの真ちゅうカスタムの.357マグナムスーパー・ブラックホークだけである。だが少量生産のカスタムである事、なんならピースメイカーのモデルガンで代用したほうが早い事を考えると、平松伸二先生の手元には届かなかったのではないかと思う。それ以外の資料は、集英社が手配すれば米国から取り寄せることも不可能では無かったと思われるが、実際は日本国内の書店で手に入る月刊Gunか、洋書の類いしか使え無い状況だったのは想像にかたくない(コンバットマガジンの創刊号は1980年6月号だ)。
月刊Gun2003年5月号のモデルガン銘鑑で、くろがねゆう氏が スターム・ルガー社のブラックホークを最初に日本に詳しく紹介したのは、本誌1974年2月号、1975年5月号だろうと書いている。
また、1979年1月号モデルガン・ダイジェスト、スーパーブラックホークのモデルガンが各社から出揃ったタイミングでジャック天野氏が総括的な記事を書いた。その際参照した米国のGun Digest 1974年版(翌年の年号を振ってあるので書店に出たのは1973年)についての興味深い記述がある。初登場したのRUGER NEW MODEL SUPER BLACKHAWKの写真が3本ネジだった、というのである。ジャック天野も不思議がっていた。
筆者の予想は、1973年にニュー・モデルとなったニュー・モデル・スーパー・ブラックホークを1975年連載開始直前の平松伸二先生が取材するにはこれらの月刊GunとGun Digestを参考にしたのではないだろうか?とあいなった。
筆者は該当のGun誌とGun Digestを取り寄せて見た。
2冊の月刊GunとGun Digest
1974年2月号はニュー・スーパー・ブラックホークだが.30カービンである。1975年5月号は.44マグナムなのでバッチグー。ハリー・キャラハン刑事のM29の対抗馬としてニュー・スーパー・ブラックホークを紹介する意図も見える。資料にするには絶好なのだが、写真が少ない。しかしこのくらいしか資料が無いのでドーベルマン刑事第一話は1975年の.44マグナムの記事を参考にした可能性は大であると筆者は考えている。
1974年版Gun Digest。表紙にニュー・モデル・スーパー・ブラックホークの横顔とカッタウェイの精密イラストが掲載されているが、特集記事が組まれている訳では無かった。後半が全て市販されている銃一覧の様な体になっているのだが、そのシングルアクションリボルバー部門に他の銃に混じって小さな写真と簡単なスペック表示がのっているだけである。確かにNewなのに3本ネジである。1975年版も取り寄せて見たが、まだ3本ネジであった。平松伸二先生は見たのだろうか?ドーベルマン刑事のニュースーパー・ブラックホークが3本ネジなのはそういう事なのだろうか?
有名なあのページについては何も解らなかった。
では何故作画ミス疑惑が持ち上がったのか?そしてその後
ドーベルマン刑事の連載がスタートして人気に火が着いた。モデルガン業界はこれを期と見てスーパーブラックホークモデルガンの競作祭りとなった。まず1976年にWAが真ちゅうカスタムの.44マグナムを出している。既に.357マグナムをを製作していたのが幸いした。同年ハドソンも亜鉛合金の.44マグナムを販売開始している。コクサイ、マルシン、スズキも後を追った。当然の様にどれも全て3本ネジであった。(これらはWAの.357マグナムのリファレンスだと前出のくろがねゆう氏も書いている)。紙の資料よりモデルガンのほうが作画資料には適している。平松伸二先生は連載の途中でこのうちのどれかか、あるいは複数を手に入れて参考にしたのだろう。なので連載中期以降は3本ネジのスーパーブラックホークが精緻に描かれる様になり、モデルガンマニア系の読者の脳裏に焼き付いてしまった、と考えると辻褄が合う。
モデルガンの決定版としてWAのニュー・モデル・スーパー・ブラックホークが世に出たのは1978年の事である。平松伸二先生が、こいつを資料として手許に置いたのかは解らない。WA以降ドーベルマン刑事のスーパーブラックホークが2本スタッドに戻ったかどうかは調査はしていない。
調査結果
ドーベルマン刑事のニュースーパー・ブラックホークは連載第一話ではニューモデルを使用しているのが確認出来た。
劇中でシリンダーをスイングアウトしている画面が挿入されているが、全く別の架空銃の可能性が高い。よってルガー社製のブラックホークをスイングアウトさせているとの指摘は当てはまらない。
米国の事情を勘案してもRUGER NEW MODEL SUPER BLACKHAWK に3本ネジの画像を当てる事は一般的な事象であった。
よって、平松伸二先生とドーベルマン刑事は無罪である。
以上は全て状況証拠に基づく筆者の妄想である事を付記しておく。
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