諒の手には、高級そうな黒の小箱が握られていた。
しかし、諒の言葉はなかった。
だが、箱を開けると、 男物の、シルバーのリングが二つ台座にはめられていた。
「オーダーで時間かかっちゃった」
と言いながら麻也の脇に座り込み、左手を取り、薬指に そのリングをはめてくれようとするが、うまくいきそうにない。
麻也は起き上がって諒がリングをはめやすいように座った。
諒からは、プロポーズのような言葉はなかった。
それは前のリングをあんな風に外すことになったのが、諒にとってもつらくて、自分と同じように思い出したくないからだろうと麻也は思った。
そして、麻也の方の前のリングは、あの騒ぎの後どこかへ行ってしまったままだ。
探すのもつらかったし。
救急車で運び込まれた病院でアクセサリーを外された時に、真樹が他のアクセサリーと一緒に預かってくれたかもしれない。
そんな気がした。それだけに、このプレゼントは嬉しかった。でも切なくもあった。
「諒、諒のはどんなの?」
「全くのお揃いだよ。ほら」
と優しい笑顔で見せてくれた。
でも自分ではめようとするので、あわてて麻也は、
「俺がやるよ」
と、諒の長く美しい、左の薬指にその重い、シルバーのリングをはめた。
お互いちょっと手が震えていたかもしれない。
また麻也からも誓いの言葉のようなものは言えなかった。
それは誓いが今さら必要ないというのではなく、わずかな時間とはいえ、あの時一度諒を失ったからそのことを無かったことにしてしまいたかったんだろう…
記憶から消してしまいたかった…
しかし、
「諒、ありがとう」
とだけは言った。他には言葉が見つからなかった。
諒は困ったようにうつむき、でもかすかに笑みを浮かべていた。
寝室のベッドに転がって、諒を待ちながら、麻也は眠ってしまわないよう、テレビを眺めていた。
しかし…
「…麻也さん、風邪ひいちゃうよん」
いつしか眠っていたらしい。
シャワーを浴びて出てきた、パジャマ姿の諒に起こされてしまった。
「毛布に入ろ。あっためてあげる」
温めてと、笑いながら麻也はしがみついた。
いつにないことに諒は喜びぎゅっと抱きしめてくれた。
「ビーバーちゃん可愛い」
ほのかな明かりに照らされる麻也の笑顔からこぼれる前歯が諒は好きだといつも言ってくれていた。
「諒、もう少しこのまんまでいい?」
「いいよぉ~もうこの熱を持っていって♪」
諒は麻也のふわふわの黒髪を撫でながら、優しく唇を重ねてきた。
「麻也さん、大好き。ここまで一緒にやってこられてよかった。東京ドームにまで連れてきてくれてありがとう。真樹も直人も同じこと思ってて、ちゃんとお礼言いたがってたよ」
そう言われて、あの汚い小さなスタジオで、大学生バンドの3人に頂点を目指したいと訴えられたことを麻也は思い出していた。
そしてあの時、自分はプロとはいえクビになったばかりのミュージシャンで…
(あそこからここまで来たのか俺たち…)
「麻也さん、明日はエステだからそろそろ寝ようか?」
「俺は美容室だよ」
「あれ? じゃあ、美容室の後なんじゃない?」
「ううっ、そんなに時間取られるの?」
「俺は隙見て寝てるつもりだったけど」
「あ、それいいね」