治承4年12月28日(1181年1月15日) 〜平家南都焼き討ち〜
平重衡の軍勢が東大寺・興福寺を焼き払う
東大寺 盧舎那仏坐像
奈良県奈良市雑司町
国宝にして世界遺産に登録された東大寺の大仏さまです。
正しくは、銅造 盧舎那仏坐像(るしゃなぶつざぞう)といいます。
盧舎那仏は、知恵と慈悲の光明をあまねく照らす仏の意味を表します。
東大寺 大仏殿の本尊として743年 天平15年、聖武天皇の詔(みことのり)により造立が決まり、鋳師(いもじ)が3年をかけて仏体を整え、像の高さは14.73メートル、使われた銅は500トンにも及び、完成となる開眼供養の儀式が行われたのは詔から10年目の752年 天平勝宝4年のことで、大仏の開眼供養の後に大仏殿を始めとした伽藍が整備されました。
大仏は、平安時代末期の源氏と平家の戦いか激化した1180年 治承4年、平清盛の五男 平 重衡の南都焼き討ちにより焼失しました。