元 南極観測船 宗谷
東京都品川区東八潮
樺太犬タロ、ジロの像
名古屋市港区ガーデン埠頭
昭和基地
昭和32年1月10日、東京、晴海埠頭を出港して以来ふた月あまり、宗谷は南アフリカ、ケープタウン港を出て、南極圏へ入ります。
船体が62度も傾く暴風域にも耐え、南極大陸をとり囲むバックアイス群(日本で例えるとすれば、冬のオホーツク海を占める流氷といったところでしょうか)に到達しました。
ここで、宗谷の随伴艦〜海鷹丸が最後の補給を宗谷に届けて南極圏を離れます。
単独で南極大陸を目指すことになった宗谷の船
長は厚い蒼氷群(そうひょうぐん)を爆破や体当たりでなんとか破砕しながら進む中、1月24日になり、ビクともしない蒼氷により、これ以上前進することは不可能と判断します。
宗谷は南緯69度 東経39度の海上に接岸を完了し、観測隊の永田 武隊長は犬そり隊による偵察を決め、翌25日に観測隊の基地を建設できる地点を探すべく出発します。
犬そりを先導した リキ
最初の偵察は、久しぶりの大地に興奮した犬が続出し、難渋を極めましたが、南極大陸とオングル海峡の西のオングル島を日本の観測隊の基地にすることを決めました。
そして迎えた1月29日、午後8時57分。
オングル島に公式上陸して、観測隊はここを「昭和基地」と命名し、南極に高々と日の丸を掲げました。
南極から遠い日本でも、街では号外が出され、その快挙に国中が沸きあがりました。