唐招提寺
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唐招提寺 講堂
奈良県奈良市五条町
唐招提寺 講堂は、760年 天平宝字4年、鑑真和上が唐招提寺を創建するにあわせて天武天皇の皇子、新田部親王の邸宅跡を聖武天皇から賜わり、戒律の道場として創建します。
講堂は、平城宮 朝堂院の 東朝集殿を移築したものと伝わり、奈良 天平時代の貴重な宮殿建築です。
僧侶の修学の場でもある講堂は、長い平屋の本瓦葺の入母屋造で、本尊の弥勒仏坐像が安置されています。
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唐招提寺 戒壇
奈良県奈良市五条町
戒壇は、唐招提寺創建時に造営されたものとして伝わり、火災により焼失し、その後、宝塔が再建されています。
754年 天平勝宝6年、鑑真和上は、戒律を授ける戒匠として来日後、東大寺において聖武天皇をはじめ、400名の僧侶に受戒の儀式を行いました。
来日から約5年、一応の役割を終えた鑑真和上に朝廷は、新田部親王(天武天皇皇子)の邸宅跡を寺領として賜わり、鑑真は余生を若い僧侶への教育の専修道場として建立しようと決意します。
唐招提寺創建が成り、境内において受戒を施す場として造営されたのが戒壇です。