Apu の All That I Am

公開備忘録のような投稿です。もしご興味をお持ち頂けましたら、PC版でご覧下さいますと嬉しいです!

乗鞍・大黒岳からの眺望 ~ お気に入りの一枚 ~



   

 以前に家族で乗鞍に出かけたときに撮った写真です。太平洋沿いに台風が通過していった翌朝に登りました。大変素晴らしい雲海も見ることが出来て家族で感動しました。マイカー規制があって、鈴蘭でバス待ちをしていた時に娘とUFO?を見たのも良い思い出です。その後、野生の熊が観光客を襲ったことがあり、うちの家族はもう行きたくないと言っています(涙)まぁ、そう言いつつもまた連れて行くつもりですが!この時の写真をスライドショーにしました。やっぱり雲海が素晴らしかったです。是非 「 乗鞍と大黒岳からの眺望 」 のリンクから見て行ってください。

もし記事にご興味がございましたら、カテゴリー毎にご覧くださると読み易いかと思います。
ページ最下部は「あぷ日記 Photo アルバム」です。過去投稿した写真のスライドショーです。
ちなみにニックネームの「あぷ」ですが、かれこれ十数年前のこと、言葉を覚えたての下の娘が「パパちゃん」と言えずに「あぷちゃん」と喋っていたのが由来です。しかし、こんな腰砕けなニックネームいつまで使うのだろうかと、そろそろ疑問と限界を感じております…(^^;)

2.私がこれらのものでないなら、私は誰でしょうか?

2011年04月30日 | ラマナ・マハリシの言葉
 今述べたことのすべてを「これではない」、「これではない」と否定し去った後に、ただひとつ残る自覚、それが私である。

 『ラマナ・マハリシの教え(めるくまーる社)』 … 私は誰か ⇒続く





 ラマナ・マハリシの教え
 ラマナ・マハリシ/山尾三省(訳)
 めるくまーる

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ダライ・ラマ14世に会いに行く

2011年04月30日 | あぷ日記
 一昨日、ダライ・ラマ14世が来日するとFACEBOOKで知り、焦るような気分で、予定をやりくりして護国寺まで行ってきました。途中からでしたが、なんとかダライ・ラマ14世のお説法を聞くことができました。


護国寺に着いたときには既に多くの人で境内は埋め尽くされていました。


ダライ・ラマ14世がお帰りになるときは、雨が降ってきていました。


しばらくすると、横綱・白鵬が目の前を通り過ぎました。彼らも聞きに来ていたのですね!


ダライ・ラマ14世をお迎えするチベットと日本の僧侶、警備員の人たち。


中央の車、後ろの窓ガラスあたり、眼鏡をかけた方が「ダライ・ラマ14世」と思います。


拍手と歓声が湧き起りました。恐らく、車にお乗りになる瞬間ぐらいかと…


「東日本大震災犠牲者七七日忌特別慰霊法要」とあります。

 大変な数の犠牲者を出した大震災。ダライ・ラマ14世が来日されたことは、多くの人を励まし勇気づけとても意義深い事だと感じました。最後には雨も上がりました。同じ空の下、初めて肉声を聞けてとても良かったです。自分も頑張ろう!と思いました。


【関連記事】
asahi.com ダライ・ラマ、都内で震災法要「深い悲しみわいた」
ダライ・ラマ法王による東日本大震災犠牲者四十九日(七七日忌)特別慰霊法要

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畑の一角が

2011年04月28日 | あぷ日記

大変綺麗でしたので写真を撮ってみました。鮮やかで目を奪われたんだけど、写真だと今一つかな?(docomo)

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1.私は誰でしょうか?

2011年04月27日 | ラマナ・マハリシの言葉
 七つの気まぐれな部分(頭部・両手・胴体・生殖器・両足)から成るこの粗大な身体、私はそれではない。五つの感覚器官、聴覚・触覚・視覚・味覚、そして嗅覚は、それぞれの対象である。音、感触、色や形、味、そして匂いをとらえるけれども、私はそれらではない。五つの能動的な器官、発声・運動・認識・排泄および生殖器官は、それぞれに話すこと、動きまわること、認識すること、排泄すること、楽しむことを機能するが、私はそれらではない。(*1)五つの生気、すなわち(*2)プラーナその他のものは、それぞれ吸気その他の働きをするけれども、それらは私ではない。ものごとを考える心すらも、私ではない。対象物の印象のみが刻みこまれている無知、そこに対象物の働きかけもない無知も私ではない。

 『ラマナ・マハリシの教え(めるくまーる社)』 … 私は誰か ⇒続く





 ラマナ・マハリシの教え
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コメント (2)
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津波のあと

2011年04月26日 | あぷ日記
投稿を少しためらいましたが…。昨日の午前中、仙台に行きました。本当に恐ろしい光景でした。胸が詰まりました。(docomo)

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小峰城の桜

2011年04月24日 | あぷ日記
白河は良い天気でした。午後は一転、雷雨。地響きのような凄い振動でした。(docomo)

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私は誰か Who am I ?

2011年04月23日 | ラマナ・マハリシの言葉
 すべての生きものは、いつでも幸福であることを願い、悲惨ではないことを願っている。私たちひとりひとりについて考えてみても、そこに自己への至上の愛があることが認められる。その愛の泉はただ一つ、幸福である。人間の自然性である幸福、心のない深い眠りの中で体験される幸福を手に入れるためには、人は自己を知らねばならない。自己を知るためには、「私は誰か」という問いで自己を尋ねる知識(ジュニャーナ)の道が、最も重要な方法である。

 『ラマナ・マハリシの教え(めるくまーる社)』 … 冒頭部分 ⇒続く





 ラマナ・マハリシの教え
 ラマナ・マハリシ/山尾三省(訳)
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あぷ日記 Photo アルバム