今回は初めての宿坊でした。奥様らしき女性に優しく声を掛けられ、すぐに部屋に案内されると、つい畳が心地良くって横になってしまいました。そして、しばらく経つと外は雨模様に…。お庭の枯山水も打たれた雨で湿り始め、宿坊には静かで贅沢な時間が流れていました。
こちらから奥の院までは距離がありますが、千手院橋からもほど近く、大師協会は目の前、伽藍や霊宝館もすぐ、、という恵まれた場所にあります。今まで何度も目の前を行き来していますが、入口の石柱ばかりが記憶に残っていて、実際は良く知りませんでした。
また、こちらの釈迦文院は奥の院(燈篭堂)にある「
貧女の一灯」に関係した
祈親上人(定誉)ゆかりのお寺とのことでした。私は祈親上人のことも殆ど知らずにいました。調べると、祈親上人は両親への思い厚く、平安時代後期に衰退した高野山の復興に尽力されたそうです。その祈親上人の足跡に触れると、まだまだ甘えも残るくせに、感謝を忘れている我が身の何と情けないものか…と改めて感じてしまいましたね。
実は以前から「
仏説父母恩重経」(中国由来の偽経とされますが…)と言う経典が気になっていて、今回ふと立ち寄った
松本日進堂さんで、その「仏説父母恩重経」を見つけたものですから、つい「薬師如来本願功徳経」と「九字護身法」とあわせて買い求めてしまいました。
最終日、足の悪い父は「一の橋から(奥の院まで)歩く!」と気張りました。しかし結局、途中リタイヤとなり、致し方なく、私は生まれて初めて父を背負って歩くことになりました。その最中、多少なりとも様々思いましたけど、もしかしたら、これも祈親上人の御導きなのではないか…と、徐々に思えてくるのでした。
確か、日野原重明先生は「いのち」とは「生きている時間がある…と言うことだ」と仰ったように記憶しています。そして、良くも悪くも「縁」とは、そこにお互いの「いのち」が一緒にいられる時間がある…とも思えてきて、気付けば刹那で危ういこの「縁」に何を見出すのか、、何かそんなことを考える良い時間になりました。
朝のお勤めも読経が心地良く、私も小さく一緒にお唱えさせてもらいました。質素で落ち着きのある釈迦文院は、己に向き合うにはとても良い場所のように感じます。お精進も美味しく頂きました。また機会がありましたらお伺いしたいと思います。本当にありがとうございました。合掌。
≪関連リンク≫
高野山準別格 釋迦文院 公式ホームページ
祈親上人 ( 958~1047 ) 高野山復興壱年記念行事 祈親灯奉納式 - 高野山大学
【 灯火奉納 】 祈親上人しのび 高野山大・高学生・生徒ら 奈良長谷寺まで行脚 - 和歌山 毎日新聞