「模倣が品性を保つ」 一部引用編集簡略版
イギリスでは、現在と過去が重なっている。日本やアメリカ社会は、進歩の虜になっている。そのために未来という言葉が無条件に明るいことになっているのに、どこへ向けて進んでいけばよいのか考えることがない。
加藤氏は仕事柄、海外へ出かけることが多いことから、ときおり「外国のなかで、どこの国が好きですか」という質問を受けることがある。加藤氏が短期間だけ滞在しても、どこよりも寛いで楽しめる国といったら、イギリスだ。
もっとも、加藤氏が英語ができるとか、イギリスに友人が多いとか、生活習慣や地理に馴染んでいるということもあるが、そんなことをいったら、アメリカのほうが友人は多いし、アメリカで過ごした時間のほうがもっと長い。
加藤氏はイギリス人が控え目なのが、好きだ。これは日本人に似ている。そして礼儀正しいから気が楽だ。アメリカ人は馴れ馴れしすぎるので、負担になる。直截的でゆとりがない。
同じことが、英語についてもいえる。アメリカ人の英語は生真面目で、イギリスの英語は、適当なユーモアがまぶされていて軽い。アメリカの英語にもユーモアはあるが、ユダヤ人の影響であろうが重苦しい。
イギリスは多分に古い意味の階級社会である。もっとも、そうであっても、下から上へ向けた流動性が高い社会でもある。だが、アメリカだって階級社会であることにかわりはない。
ただ、イギリスの場合は血筋が尊ばれるのに対して、アメリカでは金や力をもっている者が崇められるという違いがあるだけだ。
もちろん、イギリスでだって、経済力や力のある者が敬われる。サッチャー元首相やメジャー前首相の例のように、下積みの階層からあがってきた者が多いが、血筋のよい者がつくってきた上流階級の仕草を模倣するから、品性が保たれている。
イギリスでも知名度や権力、金のほうが、爵位や称号よりも力をもっている。それでもイギリス人どうしが出会うと、すぐにどの学校で学んだのかとか、家柄によって値踏みする。貴族的なものが重んじられている。
それに貴族の家柄が尊ばれると、金による専制を防ぐことができるし、拝金主義へのブレーキとして働く。作法がある社会には形がある。形は人々に深い安堵感を与えてくれる。
参考:加瀬英明著「イギリス 衰亡しない伝統国家」
加瀬英明氏は「ブリタニカ国際大百科事典」初代編集長